かに歩み初めました。
一三
割下水からお城への道は、両国橋を渡って大伝馬町をのぼり、四丁め、三丁め、二丁めと本町をいって、常盤橋《ときわばし》御門から下馬止めへかかるのが順序でした。
道は暗い。
狙うなら恰度頃合い……。
その両国橋へさしかかったとき、察しの通り、やはり刺客《しかく》が伏せてあったのです。橋袂《はしたもと》のお制札場の横から、ちらりと黒い影が動いたかとみるまに、銃《つつ》さきらしい短い棒がじりッとのぞきました。
しかし駕籠には、無双鉄壁|弾《たま》よけの御紋どころがある。
只の通りものではない。八百万石御威光が通るのです。うしろに間を置いて引き随っていた豊後守の乗物の中から、慌ててさッと手が出ると、打ちうろたえながら影を制しました。
同時に銃さきらしい短い捧が、怪しむように引っ込みました。
「わッははは。御定紋なるかな、御紋なるかなじゃ、馬鹿の顔が見たいのう。豊後どの、御供御警固御苦労に存ずる。駕籠行かっしゃい」
爆発するような主水之介の声に、溝口豊後守も、取り巻いてひたひたと随っている十人の影も一様に歯ぎしりしたらしかったが、物を言うべき物が駕籠にかかっていたのでは手の出しようがないのです。
駕籠は宵の口の大伝馬町へかかって、四丁め、三丁め、二丁めと本町を常盤橋御門めざしてのぼりました。
その角。
右は辻番所だが、左は炭部屋、矢来《やらい》廻の竹囲《たけがこ》いがあって、中は刺客の忍ぶには屈強な場所です。両国で仕損じたら、ここでという計画だったらしく、ちらりとまた二ツ、その竹囲いの中から黒い影がのぞきました。
やはり短い銃《つつ》です。
しかし、のぞくと一緒にうしろの駕籠から、豊後のうろたえた手がまたさッと出て、慌てふためきながら制しました。
「わッははは。御定紋なるかな、御紋なるかなじゃ。馬鹿の顔が見たいのう。豊後どの、御念の入ったる御警固御苦労に存ずる。駕籠行かっしゃい」
崩れるような爆笑を打ちのせて、主水之介の乗物はゆさゆさと常盤橋御門へさしかかりました。
ここを通ればもう御城内。下馬止めまでずっと安全でした。
だが、それにしても気にかかるのは、豊後のこの計らいです。闇から闇へ片付けて、事の黒白を永遠に秘密の中に葬ろうとしたこの計らいが、豊後自身の方策から出ているか、それとも腰本治右が手を廻し
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