人《りょうよしょうにん》、始祖《しそ》家康《いえやす》の生母がここに葬られているために、寺領六百石を領して、開山堂、弁財天祠《べんざいてんし》、外久蔵主稲荷《たくぞうぬしいなり》、常念仏堂《じょうねんぶつどう》、経堂《きょうどう》、無縁塚《むえんづか》坊舎《ぼうしゃ》が三カ寺、所北寮《しょけのりょう》が百軒、浄土宗《じょうどしゅう》関東十八|檀林中《だんりんちゅう》の随一を誇るだけあって、広大壮麗言うばかりない大伽藍《だいがらん》です。
「ここからはお乗物さし止めでござりますゆえ、お拾いにてどうぞ。手前御案内いたしまするでござります」
 山門のまえで乗物をとめさせて、心得顔に小侍はさきに立ちながら、しんしんと静かな境内の中へ這入りました。
 場所が寺です。
 墓のあるお寺なのです。
 もしやもうお墓に!……。
「まてッ!」
 京弥は抑え切れぬ胸騒ぎを覚えて、するどく呼びとめました。
「われら、御前のむくろや新墓検分《にいばかけんぶん》に参ったのではない。不埓《ふらち》な振舞いいたすと容赦はせぬぞ!」
「どうぞお静かに。ご案内せいとの主人言いつけでござりますゆえ、手前は只御案内するだけでござります……」
 しいんとした声で言って、取り合おうともせずに小侍は本堂わきから裏へ廻ると、一杯の墓だ。
 ハッとなったとき、だが、導き入れたところはそこではない。墓の中を通り越して、そこの柴折戸《しおりど》をしずかにあけると、目で笑いながら立っているのです。
「ここにおいでか!」
「さようでござります。伝通院自慢の裏書院でござります。今もまだたしかにおいでの筈、手前の役目はこれで終りました。どうぞごゆっくり……」
 言いすてかとみるまに、もう一二間向うでした。
 躊躇《ちゅうちょ》はない。京弥は脇差し、菊路は懐剣、にぎりしめながら高縁におどりあがって、ガラリと左右からぬり骨障子をあけた刹那、――あッとおどろいてふたりは棒立ちになりました。書院というは名ばかり、几帳《きちょう》、簾垂《すだ》れ、脇息《きょうそく》、褥《しとね》、目にうつるほどのものはみな忍びの茶屋のかくれ部屋と言ったなまめかしさなのです。
 しかも、その几帳のわきには女がいるのです。年の頃二十二三。青ざおとした落し眉に、妖《あや》しき色香がこぼれんばかりにあふれ散って、肉はふくらみ、目はとろみ、だが只の女ではない。姿
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