桝《ます》小判で買って参ったのじゃ。うぬのさし図うけんわい!」
「控えろッ。この小屋は喧嘩場でない。見物が迷惑するゆえ、表へ出いと言うのじゃ。参らねばこれなる眉間傷が今に鼠啼《ねずみな》きいたすぞッ。――行けい! 道が分らねば手伝うてやる! 早う行けい!」
青白く光らして、柄頭《つかがしら》ぐいとこきあげながらその胸元へ突きつけると、もうどうしようもない。腕には諸羽流《もろはりゅう》の術がある。柄頭ながらそのひと突きは大身槍の穂尖《ほさき》にもまさるのです。腰本治右衛門の顔が盃んだかとみるまに、六人の小侍ともども、ぐいぐいと押されて木戸口から表へ消えました。
わッと小屋の中は総立の大どよめき。
「兄さん! 兄さん! あれが早乙女の御前さまじゃ。お救い願えてようござりましたな。早う肌をお入れなんし……」
打ちよろこびながら小芳が手伝って十五郎の肌をおさめさせたところへ、木戸からずいずい主水之介が戻って来ると、裁きに手落ちがない。
「その方たちも出い!」
「でも、あっしたちゃ――」
「売られた喧嘩であろうとも、出入りがあった上は両|成敗《せいばい》じゃ。何かと芝居の邪魔になる。早う出い!」
「なるほど、お裁き、よく分りました。ご尤もでござります――お見物のみなさま、飛んだお騒がせ致しまして相すみませぬ。下総十五郎、おわびいたしまする。小芳! 梅甫さん! 殿様のお裁きに手落ちはねえ。出ましょうよ」
下総十五郎、背中の野ざらし彫りは伊達ではないとみえるのです。物分りよく立ち去ったあとから小屋のうちは、またひとしきりどッとどよめき立ちました。
四
「御前。有難うござります! 申しようもござりませぬ。すんでのことに狂言が割れますところを有難うござります!」
事もなげに舞台の奥へ引き揚げていった主水之介を見てとるや、楽屋姿のまま飛び出して、拝まんばかりに迎えたのは団十郎《なりたや》でした。
「何ともお礼の言いようがござりませぬ。御前なればこそ、怪我人も出ずに納まりましてござります。お礼の申しようもござんせぬ」
「そうでもないのよ。丸く納まったとすればこの眉間傷のお蔭じゃ。身共に礼は要らぬわい!」
「いいえ、左様ではござりませぬ。手前|風情《ふぜい》がご贔屓《ひいき》頂いておりますさえも身の冥加《みょうが》、そのうえ直き直きにあのようなお扱いを頂きまして
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