きき出そうと、しきりにニヤニヤやっているのがいくたりか見えました。
 それから世間通《せけんつう》。
 人の顔を見れば他人の悪口蔭口を囁きたそうな憎まれ男。
 かと思うと、ゆうべもどこかのバクチ穴で文無しに叩きハタイてしまったらしいサイコロ好きも数人交って、いずれも一両を目あてに門前のあちらこちらに押し合いながら大変な騒ぎです。
「わはは。いや、参ったな。参ったな。亡者千人何の如きぞ。これが江戸の御繁昌とは恐れ入った繁昌ぶりじゃ。いずれもようこそ参った。早乙女主水之介賞めつかわすぞ」
 しらせをうけて、のっしのっしと門脇に現れると、
「京弥、用意の品、これへ持参せい」
 呼び招いて、小姓袴も相応《ふさわ》しい京弥に運ばせたのは、うず高く三宝に盛られた小判の山でした。五十両? いや正しく二三百両です。江戸前気ッ腑の主水之介にとっては、大した品ではないが、馳せ集った亡者共にとっては容易でない。百の目、六百の目が同時にキラリキラリと怪しく輝きました。
 見眺めて三宝うけとると、眉間傷もろともやおら言ったことです。
「約束じゃ。遣わすぞ。ほら! めいめい勝手に拾って行けい!」
 意外でした。ひとりひとり呼び出して、一枚ずつ手渡しでもするだろうと思われたのに、小判の山を鷲掴みにすると、群がり集《たか》る人山を目がけて、惜しげもなくバラバラと投げ棄てました。――同時です。凄惨と言うか、悲惨というか、浅ましさおぞましさ言いようがない。わッと言う矢声《やごえ》もろ共、犇《ひし》めきわめきながら殺到すると、押しのけはねのけ、揉み合いへし合いながら、われ先にと小判の道へ雪崩《なだ》れかかりました。
 しかし、たった四人だけ、拾おうともしないのがいるのです。あちらにひとり、こちらにひとり、向うに二人、呆然と佇んで、虫けらのようにうごめき争っている人々を見守っている四人の姿が見えるのです。
 早くもそれと知るや、莞爾《かんじ》として退屈男が打ち笑うと、会心そうに命じました。
「浅ましい奴等に用はない。京弥、あの四人の者こそわが意に叶うた者じゃ。早う座敷にあげい」
「………」
「何をぼんやりしておるぞ。ぜひにも二人三人手が要《い》るゆえ、一両を餌《えさ》にして人足共を狩り集めたのじゃ。小判を投げたは早乙女流の人選みよ。欲破り共のうちからせめてもの欲心すくなき者を選み出そうと、わざわざ投げて拾わしてみたのじゃ。あの四人には見どころがある。余の亡者には用がないゆえに早々に追ッ払って、あの者共早う召し連れい」
「いかさま、左様でござりましたか。そうのうてはなりませぬ。御深慮さすがにござります」
 まことにさすがは退屈男、趣向も直参らしく豪奢《ごうしゃ》きわまりない趣向であるが、人の選み方もまた巧みに人情の急所を衝いて、目のつけどころが違うのです。
 やがてのことに座敷へ導かれて来たのは、いずれも一風ありげなその四人でした。
「来たか。来たか。遠慮は要らぬぞ。勝手に膝をくずしてずっと並べ。その方共とてあの建札眺めて参ったからには、小判がほしゅうての事であろうが、なにゆえ拾わざった」
「………」
「怕《こわ》いことはない。念のためにきくのじゃ。遠慮のう言うてみい。さだめし咽喉《のど》から手が出おったろうに、なにゆえ拾わざったぞ」
「あさましいあの有様を眺めましたら、急に情なくなりましたんで、ぼんやりと見ていたんでごぜえます」
「やはりそうであったか。なかなかにうれしい気性の奴等じゃ。そこを見込んでちと頼みたいことがあるゆえ、先ず名をきいておこうぞ。いずれあの建札知って参ったからには、それぞれ得手《えて》がある筈、右の奴は何と申す名前の何が得手じゃ」
「大工の東五郎と申しやす。少しばかり足の早いが自慢でごぜえます」
「ほほうのう。大工ならば足なぞ早うのうても役に立つ筈なのに、人一倍早いと申すか。いや、面白い面白い。次は何じゃ」
「床屋が渡世《とせい》の新吉と申す者でござります。髪床は人の寄り場所、したがって世間のことを少々――」
「なるほど。世間通じゃと申すか。いや、面白いぞ面白いぞ。段々と役者が揃うて参ったわい。三人目は何じゃ」
「鳶《とび》の七五郎と申します。ジャンと来りゃ火の子の中へ飛び出すが商売《しょうべえ》、そのせいか人より少し耳が早うごぜえます」
「ウフフ。面白い面白い。ずんと面白いぞ。お次はどうじゃ」
「あッしばかりはまことに早やどうも――」
「バクチの方か!」
「へえ。相済みませぬ。御名物のお殿様でごぜえますから、直《ちょく》に申しまするが、名前は人好《ひとよ》し長次、まとまった金がころがりこむと、じきにうれしくなって人にバラ撒いちまいますんで、この通り年がら年中文なしのヤクザ野郎でごぜえます」
「わはは。道理でのう。目が細うて、鼻が丸うて、極楽行
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