ざる! 今より主水之介、じきじきに将軍家へ言上申上げて、八幡二万四千石木ッ葉みじんに叩きつぶして見しょうぞ。――ウフフ。京弥、下賤の色恋にまなこ眩《くら》んでいるお大名方には、この三日月形、利きがわるいと見えるわい。では、負けて帰るかのう。急いで参れよ」
ガラリと、俄かの変り方でした。ウフフと不気味に笑って、さっさと引き揚げて行くと、――帰る筈がない! 主水之介程の男が、そのまま引き揚げて行く筈はないのです。
門を出ると同時に、ぴたりとそこの物蔭に姿をかくすと、京弥を初め七五郎達四人に鋭く命じました。
「あれじゃ、あの手じゃ。篠崎流の兵法用いて、アッと言わしてやろうぞ。手分け致して早う門を見張れッ」
「何を見張るのでござります」
「知れたこと、主計頭とて二万四千石は惜しい筈じゃ。じきじきに将軍家へ言上しょうと威《おど》したからには、お吟味屋敷改めされるを惧《おそ》れ、慌てふためいて今のうちに誰袖達をどこぞへ運び去って、隠し替えるに相違ないわ。それを押えるのじゃ。門を見張って、運び出したところを、そっくりそのまま頂戴するのよ。身共はこの正門受持とうぞ。そち達も手分けして三方を固めい」
「心得ました。そうと決まりますれば、京弥、北口不浄門を見張りましょうゆえ、七五郎どの新吉どの両人は東口を、東五郎どの長次どの御両人は西口を御見張り召されよ。ではのちほど――」
「まて! まてッ」
「はッ」
「いずれは警固もきびしく運び出すであろうゆえ、それと分らば合図致せよ」
「心得ました!」
ひたひたと三手に分れていずれもまっしぐら。――ざわ、ざわ、ざわと、庭の繁みの葉末を鳴らして、不気味な夜風です。
主水之介は、ぬッと築地《ついぢ》わきに佇んだままで、薄闇の向うの門先を見守りました。
しかし出ない。
人影はゆめおろか、犬一匹屋敷うちからは姿を見せないのです。
合図の声もない。
北口不浄門からも、東口御小屋門からも、西口脇門からも、何の声すらないのです。
「はてのう? バラしたかな」
いぶかっているとき――。
「殿様え! 殿様々々。出ましたぞう!」
突如、闇を裂《さ》いて伝わって来たのは、まさしく東口御小屋門のかなたからです。
同時に一散走りでした。
駈けつけて見すかすと、なるほど八九名の影がある。しかも大きな長持を一|挺《ちょう》担《にな》わせて、その黒い影の
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