。いや、面白い。面白い。心覚えに致しておく要がある。今いちどそれなるうつけ者達ののぼせ番附《ばんづけ》呼びあげてみい」
「心得ました。大関は当家の伜源七どん、関脇は本石町油屋藤右衛門どのの伜又助どん。小結は新九郎身内十兵衛。張り出し大関が遠藤主計頭様というわけでござります」
「ようしッ。主水之介、傷にかけてもこの謎解いて見しょうぞ。六兵衛、火急に白木の建札十枚程用意せい」
 不思議な注文でした。糸屋六兵衛一家の者が総動員でこしらえた十枚の建札を、ズラズラと縁先へ並べさせると、墨痕琳璃《ぼっこんりんり》と書きしたためた文句がまた不思議です。

一、足の早き者。
一、耳敏《みみさと》きもの。
一、人の噂、もしくは世上の事どもに通ぜし者。
同じく人の悪口きくを好み、人のアラ探り出すが得手《えて》なる者。
一、博奕《ばくえき》を好む者にて、近頃ふところ工合よろしからざる者。
右の条々に該当する者共、この建札目にかかり次第予が屋敷へ参らば、金子一両ずつ遣わすべし。
 本所長割下水、傷の旗本、早乙女主水之介。

「ウフフ。あはは。さぞや亡者《もうじゃ》が沢山参ろうぞ。六兵衛、三ツ扇屋の亭主、安心いたせよ。主水之介しかと引きうけたからには、江戸八百八町が只の八町になろうとも、必ず共にこの不審解き明かして見しょうわ。今宵のうちがよい。これなる建札早々に目貫《めぬき》の場所へ押し立てさせい。――では京弥、菊路のところへ参ろうぞ」
 ピカリピカリと眉間傷を光らせて、そのままエイホウホウと乗物を打たせました。

       三

 その翌日――。
 長割下水のあたりは早朝から、押すな押すなと言いたい位の雑沓でした。勿論、退屈男が八百八町ところどころの盛り場へ建てさせた、あの不審きわまりない建札が吸いよせた人出です。――あとからあとからと極々雑多色とりどりの人影がつづいて、ざッと二三百名でした。
 着流しがある。七三にはし折っている奴がある。
 頬かむりに弥造をこしらえて、ふるえながら歩いている影がある。
 ぺたりぺたりと尻切れ草履で、ほこりを立てながら、いかにもひもじそうに歩いて行く奴がある。
 それらの人をまたたくうちに追い越して通っていったのは、建札に足早き者とあった、その早足自慢の男に違いない。耳敏《みみさと》き者とあったその早耳の男も沢山交っているとみえて、歩きながらも内証話を
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