めかしい緋縮緬《ひじりめん》のしごきでくるくると結《ゆ》わえてある二人の死体を、漸く船の上に引揚げながら、何ごころなく灯りの下へ持ち運ぼうとした刹那! パッとその船龕燈《ふながんどう》の灯りが消えました。
「畜生ッ。いけねえ! 何だか気味のわりい死体だぜ。早くつけろ! つけろ! 灯りをつけなよ」
「つ、つけようと思ってるんだが、なかなかつかねえんだよ。――何だかいやだね。変な気持になりゃがった。只の心中じゃねえかも知れねえぜ」
「大の男が何ょ言うんでえ。お流れいじりは商売《しょうべい》のようなおれらじゃねえかよ。俺がつけてやるからこっちへ貸してみな」
 代って灯りを点けようとしたその若いのが、突然げえッと言うように飛びのくと、ふるえる声で叫びました。
「畜生ッ。巻きつきゃがった。巻きつきゃがった。ぺとりと女の髭の毛が手首に巻きつきゃがったぜ」
「え! おい! 本当かい。脅かすなよ。脅かすなよ。――いやだな、何か曰くのある心中だぜ」
 気味のわるいのをこらえながら、漸く灯りを点けて検べて見ると、やはりあるのです。女の帯の間から察しの通り、小さな油紙包みが現れました。しかも出てきた品は、小判が十枚と、走り書きの書置なのです。その書置もあり来たりの書置に見るように、先き立つ不孝をお許し下され度、生きて添われぬ二人に候えば死出の旅路へ急ぎ候、というような決り文句は一字も書いてはなくて、只二人の身元だけを書き流しにしるした型破りの書置なのでした。
「男。京橋花園小路、糸屋六兵衛|伜《せがれ》、源七。女。新吉原京町三ツ扇屋抱え遊女、誰袖《たがそで》。十両は死体を御始末下さるお方への御手数料として、ここに添えました。よろしきようにお計らい願わしゅう存じます」
 僅かにそれだけを書いた書置なのです。
「変たぜ。変だぜ。やっぱりどうも調子が変だよ」
「な! ……」
「男も男だが、女が花魁《おいらん》だけに、なおいけねえんだ。どっちにしても棄てちゃおけねえんだから、早えところ京橋へお知らせしなくちゃならねえ。船を出しなよ」
 何をするにしても先ず事の第一は、源七と名の見える若旦那風のその親元の、糸屋六兵衛に急をしらせるのが先でした。――抱き合ったままのいたましい骸《むくろ》を守りながら、折からの上げ潮を乗り切って漕ぎに漕ぎつ、急ぎに急ぎつ、さしかかったのは大川名打ての中州口《なかすくち
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