次!」
 案内させておくと峠なしの権次に命じました。
「棟梁共もさぞかし喜ぼうぞ。早う救い出して宿帰りさせい」
「心得ました。ざまアみろい」
 脱兎のごとくに走り去ったのを見送りながら、突如、凛然《りんぜん》として手にせる鉄扇を取り直すと、声と共に凄しい一撃が、呆然としてそこに佇んでいる道場主釜淵番五郎のところに飛んでいきました。
「武道を嗜《たしな》む者が道を誤まるとは何ごとじゃッ。無辜《むこ》の人命|害《あや》めし罪は免れまいぞ! 主水之介|天譴《てんけん》を加えてつかわすわッ。これ受けい!」
 同時に番五郎の右腕はすさまじい鉄扇のその一撃をうけて、ボキリと不気味な音を立てながら二つに折れました。
「わッはは、こうしておかば当分槍も使えぬと申すものじゃ。元通りに癒《なお》らば、もそッと正しき武道に精出せよ。京弥! 菊のところへ帰ろうぞ」
 快然として打ち笑いながら、夜ふけの江戸の木枯荒れる闇の中に消え去りました。



底本:「旗本退屈男」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年7月20日新装第1刷発行
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:tatsuki
校正:大野晋
2001年12月18日公開
2002年1月25日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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