し、対手は傷の早乙女主水之介です。自若としながら莞爾として穂先を躱《かわ》すと、静かに浴びせかけました。
「竜造寺長門と言われた御身も、近頃|耄碌《もうろく》召さったな」
「なにッ。では、どうあっても長門の秘密、嗅ぎ出さずば帰らぬと申すか!」
「元よりじゃ。横紙破りのお身が黒幕にかくれて、これだけの怪事企むからには、よもや只の酔狂ではござるまい。槍ならばこの眉間傷、胆力ならば身共も胆力、名家竜造寺の系図を以て御対手召さらば、早乙女主水之介も三河ながらの御直参を以て御手向い申すぞ。御返答いかがじゃ」
「ふうむ、そうか。さすがにそなただけのことはある喃。その言葉竜造寺長門、気に入った。よし。申してつかわそう。みなこれ天下のためじゃわ」
「なに! 何と申さるる! 近頃奇怪な申し条じゃ。承わろうぞ! 承わろうぞ! その仔細主水之介しかと承わろうぞ! 怪しき道場を構えさせ、怪しき武芸者を使うて人夫共の首斬る御政道がどこにござるか」
「ここにあるゆえ仕方がないわ。びっくり致すな。井戸掘人夫[#底本では「井戸堀人夫」と誤植]を入れて掘らしたは陥《おと》し穴じゃ。大工達に造えさせおるは釣天井じゃ。みなこれ悪僧|護持院隆光《ごじいんりゅうこう》めを亡き者に致す手筈じゃわ」
「なになに! 隆光とな! 護持院の隆光でござるとな! ――」
 あまりの意外に主水之介の面にはさッと血の色が湧きのぼりました。当り前です。はしなくも竜造寺長門守が口にしたその護持院隆光とは、怪しき修法《すほう》を以て当上様綱吉公をたぶらかし奉っている妖僧《ようそう》だったからです。由なき理由を申し立てて、生類《しょうるい》憐れみの令を施行したのもその護持院隆光だったからです。――退屈男の口辺には自ずと微笑がほころびました。
「意外じゃ! 意外じゃ、実に意外じゃ。いやさすがは長門守どの、狙《ねら》う対手がお違い申すわい、それにしても――」
「何じゃ」
「隆光はいかにも棄ておき難い奴でござる。なれども、これを亡き者と致すにかような怪しきカラクリ設けるには及びますまいぞ。何とてこのような道場構えられた」
「知れたこと、悪僧ながら彼奴は大僧正の位ある奴じゃ。ましてや上様御祈願所を支配致す権柄者《けんぺいもの》じゃ。只の手段を以てはなかなかに討ち取ることもならぬゆえ、この二十五日、当道場地鎮祭にかこつけて彼奴を招きよせ、闇か
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