行くぞッ」
 突如、門人溜りの中から、気合の利いた怒声が爆発したかと思われるや一緒に、兵助が叩き落された真槍素早く拾い取って、さッと不意に、横から襲いかかったのは師範代|等々力門太《とどろきもんた》でした。しかも、これが出来るのです。実に意外なほどにも冴えているのです。加うるに、京弥はすでに五人を倒したあとでした。疲労と不意の襲撃に立ち直るひまもなく、あわやプツリと太股へ不覚の穂先を見舞われたかと見えた刹那! ――一瞬早く武者窓の外から、咄嗟の目つぶしの小石つぶてが、矢玉のように飛来して門太の顔を襲いました。
「よッ。表に怪しき者がいるぞッ! 捕えい! 捕えい! 引ッ捕えい!」
 下知の声と共に総立ちとなりながら、門人一統が押《お》ッ取《と》り刀で駈け出そうとしたところへ、三日月傷冴えやかな青白い面にあふれるばかりな微笑を湛えながら、もろ手を悠然と懐中にして、のっしと這入って来たのは退屈男です。
「揃うて出迎い御苦労じゃ。ウッフフ。揉み合って参らば頭打ち致そうぞ。――京弥、危ないところであった喃」
「はッ。少しばかり――」
「ひと足目つぶしが遅れて怪我をさせたら、菊めに兄弟の縁切られるところであったわい。もうよかろう。ゆるゆるそちらで見物せい。門太!」
「なにッ」
「名前を存じおるゆえぎょッと致したようじゃな。わッはは。左様に慄えずともよい。先ずとっくりとこの眉間傷をみい。大阪者では知るまいが、この春京まで参ったゆえ、噂位にはきいた筈じゃ。如何《どう》ぞ? どんな気持が致すぞ? 剥がして飲まばオコリの妙薬、これ一つあらば江戸八百八町どこへ参るにも提灯の要らぬという傷じゃ。貴公もこれが御入用かな」
「能書き言うなッ。うぬも道場荒しの仲間かッ」
「左様、ちとこの道場に用があるのでな、ぜびにも暫く頂戴せねばならぬのじゃ。こういうことは早い方がよい。あっさり眠らしてつかわすぞ」
 京弥の手から鉄扇受け取って、殆んど無造作のごとくにずいずいと穂先の下をくぐりながらつけ入ると、ダッとひと突き、本当にあっさりと言葉の通りでした。見眺めて門人達が一斉に気色《けしき》ばみながら殺到しようとしたのを、
「京弥! 始末せい。用のあるのは釜淵番五郎じゃ。奥にでもおるのであろう。あとから参れよ」
 ずかずかと襲い入ろうとしたとき、
「来るには及ばぬ。用とあらば出て行くわッ。何しに参った! う
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