て参ったようじゃ。まさかにこの祝い酒、大工共を首尾よく血祭りにあげた祝い酒ではあるまいな」
「いえ、その方ならば大丈夫でごぜえます。ほら、あれを御聞きなせえまし、夜業《よなべ》でもしておりますものか、あの通り槌《つち》の音が聞えますゆえ、棟梁達《とうりょうたち》の首は大丈夫でごぜえます」
 権次の言葉に耳を澄まして見ると、いかさましんしんと冴え渡る夜気を透して、幽《かす》かに裏口のあたりからトントンカチと伝わって来たものは、まさしく大工達の槌の音でした。
「首のない者が夜業も致すまい。では、久方ぶりに篠崎流の軍学小出しに致して、ゆっくり化物屋敷の正体見届けてつかわそうぞ。羅漢《らかん》共は何名位じゃ。京弥、伸び上がって数えてみい」
「心得ました。――ひとり二人三人五人、十人十三人十六人、すべてで十九人程でござります」
「番五郎はどんなぞ? 一緒にとぐろを巻いているようか」
「それが手前にはよく分りませぬ。真中にふたり程腕の立ちそうなのが坐っておることはおりますが、どちらがどれやら、権次どの、そなた顔を覚えておいでの筈じゃ。ちょっと覗いて見て下さりませ」
「ようがす。しかと見届けましょう。――いえ、あいつらはどちらも釜淵の野郎じゃござんせぬ。恐らく番五郎めは奥で妾と一緒に暖《あった》まってでもいるんでしょう。あの右のガッチリした奴は師範代の等々力門太《とどろきもんた》とかいう奴で、左のギロリとした野郎はたしかに一番弟子の吉田兵助とかいう奴でごぜえます」
「ほほう、左様か。面倒な奴は先ず二人じゃな。どれどれ、事のついでにどの位出来そうか星をつけておいてつかわそう。――なるほど喃。右は眼の配り、体の構え先ず先ず京弥と五分太刀どころかな。左の吉田兵助とやらは少し落ちるようじゃ。では、一幕書いてやろうわい、京弥」
「はッ」
「もそっと耳を寄せい」
「何でござります?」
「そのように近づけいでもいい。のう、よいか。事の第一はこれなる化物道場のカラクリ暴《あば》き出すが肝腎じゃ。それがためには抜いてもならぬ。斬ってもならぬ。手足まといな門人共を順々に先ず眠らしておいて、ゆるゆる秘密探り出さねばならぬゆえ、そのところ充分に心得てな、その腕ならばそちも二三度位は道場破りした覚えがあろう。その折の骨《こつ》を用いて他流試合に参ったごとく持ちかけ、そちの手にあまる者が飛び出て参るまで、当
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