おく筈はない。わるい病が催して何か言い寄って参らば、そこがそちの働きどころじゃ。近寄らず近寄らせず巧みにあしらって懲《こら》しめてやるのよ」
「ま! 恐ろしい! ……でも、でも仕損じて、もしも身にけがらわしい危険が迫りましたら……」
「死ね!」
「えッ!」
「いや、恥ずかしめられなば死ぬ覚悟で参れと申すのじゃ。役者はそちひとりじゃが、うしろ楯《だて》にはこの兄がおる。京弥もついておる。それからここにお在での風変りなおじい様も控えておられる。そちと一緒に兄達三人も庭先に忍び入り、事急と相成らば合図次第押し入って、充分に危険は救うてつかわすゆえ、その事ならば心配無用じゃ。よいか、今申した通り、きゃつめがいろいろと淫《みだら》がましゅう言い寄って参るに相違ないゆえ、風情《ふぜい》ありげに持ちかけて、きゃつを坊主にせい」
「坊主?![#「?!」は横1文字、1−8−77] なんのためにござります。何の必要がござりまして、御出家にするのでござります」
「それはあとで相分る。わざわざそちを呼び招いたのも、つまりは、やつの頭をクリクリ坊主にさせたいからじゃ。是が非でも出家にさせねばならぬ必要があるゆえ、そちが一世一代の手管《てくだ》を奮って、うまうまと剃髪《ていはつ》させい」
「でも、でも、わたし、そんな手管とやらは……」
「知るまい、知るまい、そちがはしたない女子《おなご》の手管なぞ存じおらば事穏かでないが、でも、近頃は万更知らぬ事もなかろうぞ。兄がるす中、それに似たようなことを京弥と二人して時折試みていた筈じゃ。わはは。のう、違うかな」
「ま!……」
「いや、怒るな、怒るな、これは笑談じゃ。いずれに致せ、一つ間違わば操に危険の迫るような大役ゆえ、行けと言う兄の心も辛いが、そちの胸も悲しかろう。なれども、天下の御政道のために、是非にも節婦となって貰わねばならぬ。どうじゃ、行くか」
「………」
「泣いてじゃな。行くはいやか」
「いえ、あの、京弥さまさえお許し下さいましたら――」
「参ると申すか」
「あい、行きまする!」
「出かしたぞ、出かしたぞ、いや、きつい当てられたようじゃ。京弥、どうぞよ。菊めが赤い顔して申してじゃ。そち、許してやるか」
「必ずともに危険が迫っても、手前のために操をお護り下さると申しますなら――」
「わはは。当ておるわ、当ておるわ、若い者共、盛んに当ておるわい。
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