ゃるのに、御身が貸すこと罷りならぬとあらば、江戸お上にお訴え申して、この黒白《こくびゃく》つけねばならぬ。さすれば――」
「………!」
「あははは。ちと雲行がおよろしくござらぬと見えて、俄かにぐッと御|詰《つま》りでおじゃりまするな。いやなに、別段事を荒てとうはござらぬが、おじい様は使えとおっしゃる、お孫殿はならぬと仰せあって見れば止むをえませぬのでな、出るところへ罷り出て、お裁き願うより手段《てだて》はござりませぬわい。さすれば元より軍配のこちらに揚がるは必定、それやかやとお調べがござらば、当屋敷からほこりも出ようし、鼠も出ようし、出ればその何じゃ、自《おの》ずとお上の目も光り、光らば御家断絶とまではきびしいお裁きがないにしても、御役御免、隠居仰付けらる、というような事になり申すと、わしは構わぬが、八郎次どの御霊位に対して御気の毒と思いまするのでな。物は相談じゃが、どうでおじゃるな、断じて罷りならぬとあらば、それはまたそれでよし、お借り願えるものならばなおけっこう。いかがじゃな」
「………!」
「何と召さった。大分歯ぎしりをお噛みのようじゃが、虫歯ならば沼田正守医道の心得がおじゃるゆえ、ことのついでに癒して進ぜましょうかな」
「勝手にさッしゃい!」
「なるほど。では、御借り申してもようおじゃるかな」
「くどいわッ。それほどこの百姓共がほしくば、とっとと連れて行かッしゃい!」
「なるほど、なるほど。御年は若いがさすがに急所々々へ参ると、よく物が御分りでなによりにおじゃる。祖先の御遺訓を守るは孝の第一、神を敬するは国の誉、そなたも豊葦原瑞穂国にお生れの立派な若殿様じゃ。わははは。いやなに、わははは。では、みなの衆、帰ってもよいそうじゃ。お互い物の道理の分る御慈悲深い御領主様を戴いて、倖《しあわせ》でおじゃりまするな。そろそろ参りましょうわい」
「よッ!」
「何じゃな」
「待たッしゃい!」
「ほほう、まだ御用がおじゃりますかな」
「不審な奴があとにおる。そのうしろの深編笠は何者でござる!」
「ははあ、なるほど、これでござるか。この者はな、わしの伜じゃ」
「なにッ。そなたには妻がない筈、それゆえ変屈男と評判の筈じゃ。独身者に子供があるとは何とされた!」
「妻はのうてもわしとて男でござりますわい。若い時に粗相《そそう》をしてな。落《おと》し胤《だね》じゃ、落し胤じゃ。――伜
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