と客を呼ぶのに不思議はないが、それにしてもその騒々しさと言うものはない。
「いかがでござります。エエいかがでござります。手前のところは当城下第一の旅籠屋でござります。夜具は上等、お泊り貸は格安、いかがでござります。エエいかがでござります」
「いえ、わたくしの方も勉強第一の旅籠でござります。座スクはツグの間付きの離れ造り、お米は秋田荘内の飛び切り上等、御菜も二ノ膳つきでござります。それで御泊り賃はたった百文、いかがでござります。エエいかがでござります」
「いえいえ、同ズことならわたくス共の方がよろしゅうござります。揉み療治按摩は定雇《じょうやと》い、給仕《きゅうズ》の女は痩せたの肥ったのお好み次第《スだい》の別嬪《べっぴん》ばかり、物は試スにござりますゆえ、いかがでござります。欺《だま》されたと思うて御泊りなされませ。エエいかがでござります」
 だが、少し奇怪でした。ほかの旅人達には、歩行も出来ぬ程客引き共がつけ廻って、うるさく呼びかけているのに、どうしたことかわが早乙女主水之介のところへは、ひとりも寄って来ないのです。客としては元より上乗、身分素姓は言うまでもないこと、お茶代宿料およそ金銭に関わることなら、お直参旗本の極印打った金の茶釜が掃く程もあるのに、目の高かるべき筈の客引き共が、この折紙つきの由々敷上客を見逃すというのは、まことに不思議と言わねばならないことでしたから、退屈男はいぶかしく思って番頭のひとりのところへのっそり近づくと、
「のう、こりゃ下郎!」
 ジロリとやって貫禄豊かに、のうこりゃ下郎、とやりました。海越え山越え坂越えて、奥州仙台陸奥のズウズウ国までやって来ても、自ずと言うことが大きいから敵《かな》わないのです。
「のう、こりゃ下郎!」
「………?」
「下郎と申すに聞えぬか。のう、これよ町人!」
「へ?……」
「へではない、なぜ身共ばかりを袖にするぞ? いずれはどこぞへ一宿せねばならぬ旅の身じゃ。可愛がると申さば泊ってつかわすぞ」
「えへへ。御笑談《ごじょうだん》で……。御縁がありましたらどうぞ。――あのもスもス! 商人衆《あきんどしゅう》!」
 対手にもせずに退屈男を鼻であしらっておいて、碌でもなさそうな商人達が通りかかったのを見かけると、
「お泊りはいかがでござります。堅いがズ慢の宿でござります。御相宿《おあいやど》なら半値に致スまするがいか
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