門じゃ。ゆるゆる参ろうぞ」
 威嚇しては押し分け、押し分けては威嚇しながら、悠々と総門外へ出ると、冴えたり! その叱咤のすぱらしさ!
「さあ参れッ。この門を外に出でなば斬り棄て御免じゃ。三目月傷も存分に物を言おうぞッ。遠慮のう参れッ」
 だが来ない。来られるわけがないのです。本当に三日月傷があやかにもすさまじく物を言うのであるから、来られるわけがないのです。――その代りに、ちょろちょろと、やって来たのは、どじょう殺し持参のあの三|的《てき》でした。
「よう。日本一のお殿様! 向う傷のお殿様! あッしだ。あッしだ。たまらねえお土産をお持ちだね。お約束だ、お手伝い致しますぜ」
「生きておったか。幸いじゃ。早う舟を用意せい」
「合点だッ。富士川を下るんですかい」
「身共ではない。ここに抱き合うておいでの花聟僧に花嫁僧お二人じゃ。しっぽり語り合うているまに、舟めが岩淵まで連れてくれようぞ。――両人、来世も極楽じゃがこの世もずんとまた極楽じゃ。そのような恋の花が咲いておるのに、つむりを丸めて味気のう暮らすまでがものはない。遠慮のう髪を伸ばして楽しめ。楽しめ。わははは、身共はひとりで退屈致そうからな」
 あい、とばかりに泣き濡れて、いと珍しい僧形《そうぎょう》の花嫁花聟が、恥じらわしげに寄り添いながら、横取りの三公の手引で渡し場目がけつつ闇の道をおりようとしたとき。
「ここにうせたかッ。帰してなるものかッ。いいや、女を渡してなるものかッ。出合えッ、立ち合えッ」
 叫びざま追いかけて来て、荊玉造《いばらだまつく》りの鉄杖《てつじょう》ふりあげながら、笑止にも挑みかかったのは玄長法師です。
「まだ迷いの夢がさめぬかッ。早乙女主水之介、恐れながら祖師日蓮に成り代り奉って、妄執《もうしゅう》晴らしてくれようぞ」
 女を小脇のままで、あッと一閃、抜き払った刀の峯打《みねう》ちです。ぐうう――と長い音を立てながら、六尺入道玄長法師がもろくも悶絶《もんぜつ》しながら、長いうえにも長く伸びたのを見ますと、荷物にしていた女にはこぶし当ての一撃!
「並んで長くなっておらば、貫主《かんす》御僧正《ごそうじょう》が事の吟味遊ばさって、よきにお計らい下さろうぞ、ゆるゆる休息致せ」
 ゆらりゆらりと降りて行く闇の下から言う声がありました。
「日本一の三日月殿様! 花嫁舟は出しましたよう。泣いてね、ぴったり
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