働かば、主侯がその責《せめ》負わねばなりませぬぞ。お身御覚悟が、ござろうな」
「はっ。ござりまする」
「然らば問わん。今しがた彼奴共《あやつども》が、当松平家の御門閉っておらば素通り差支えないと無礼申しおったが、何を以って左様な曲言申さるるぞや」
「それはその……」
「それはそのが何でござる。恐れ多くもこれなるお墨付には、左様な御上意一語もござりませぬぞ。長沢松平家は宗祖もお目かけ給いしところ、爾今東海道を上下道中致す諸大名共は右長沢家に対し、各々その禄高に相応したる挨拶あって然るべしと御認めじゃ。さるをかれこれ曲弁申して、素通り致すは何のことでござる。上意にそむく不埒者《ふらちもの》、これが江戸に聞えなば島津七十三万石に傷がつき申そうぞ。それとも御身、江戸宗家に弓引く所存でござるかッ」
「滅、滅、滅相もござりませぬ。ははっ……、なんともはや、ははっ……、不、不調法にござりました。何とぞお目こぼし給わりますれば、島津修理、身の倖《しあわ》せにござります。ははっ、こ、この通りにござります」
「そうあろう、そうあろう。血あって涙あるが江戸旗本じゃ。わざわざ事を荒立とうはない。以後気をつけたらよろしゅうござろうぞ。ならば、これなるお墨付の条々も、有難くおうけ致すでありましょうな」
「はっ、致しますでござります」
「それ承わらば結構じゃ。――御前! 源七郎|君《ぎみ》! もう頃合いでござりましょうぞ」
 うしろに下がって声高《こわだか》に呼び上げた退屈男のその合図待ちうけながら、閉められていた御陣屋門がギイギイと真八文字に打ち開かれると、茶坊主お小姓一統を左右に侍《はべら》せて、あの曲※[#「※」は「祿−示」、第3水準1−84−27、153−下−2]《きょくろく》にいとも気高く腰打ちかけながら、悠然として、その姿をのぞかせたのは、ぐずり松平の御前です。しかもおっしゃったお言葉がまた、何ともかとも言いようがない。
「おう、薩州か。一別以来であった喃」
「ははっ――、いつもながら麗しき御尊顔を拝し奉り、島津修理、恐悦至極に存じまする」
「左様かな。そちが一向に姿を見せぬのでな。一度会いたいと思うていたが、身も昔ながらにうるわしいかな」
「汗顔《かんがん》の至りにござりまする。何ともはや……申し条もござりませぬ」
「いやなになに、会うたかも知れぬが年が寄ると物覚えがわるうなって喃
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