どな。では、先刻供先の者共、身が容子探りに参ったと申すか。七十三万石にも似合わず、なかなかに細《こま》かいのう。いや、その方の工夫至極と面白そうじゃ。言ううちに行列参るとならぬ。早うせい。早うせい」
 忽ち奇策成ったと見えて、退屈男自らも手伝いながら、釣りをしまって川岸を引きあげると、陣屋の中にすうと姿をかくして、ぴたり真一文字に御門の扉を閉め切りました。
 それと殆んど同時です。供先揃えながら、鳥毛、挟み箱の行列も七十三万石の太守らしく横八文字に道を踏んで、長蛇のごとく練って来たのは待ちに待たれた島津のお道中でした。しかも、先刻容子探りに早駈けさせた両名が先供《さきとも》を承わって、その報告に随い、今日ばかりは素通り出来まいと早くも用意したのか、形ばかりの音物を島台に打ちのせて、静々と練り近づいて来たかと見えたが、居た筈の源七郎君が川岸に見えないのみか、ぴたりと御門までが閉ざされていたのを知ると、まことに言いようのないはしたなさでした。俄かに献上品を片付けさせて、この機と言わぬばかりにあの両名が命令を与えながら、うまうま通りぬけようとしてさッと行列の面々に足を早めさせました。――刹那! 御門のわきのくぐり門が、音もなく開いたかと思うと、片手に何の包みか葵の御定紋染めぬいた物々しげな袱紗包を捧持しながら、威容も颯爽としてぬッと姿を見せたのはわが退屈男です。同時にすさまじい大喝が下りました。
「もぐり大名、行列止めいッ。素通り無礼であろうぞッ」
「なにッ」
「よッ、先程の釣り侍じゃな? 七十三万石の太守に対《むか》って、もぐり大名とは何ごとじゃッ、何事じゃッ、雑言申《ぞうごんもう》さるると素《そ》ッ首《くび》が飛び申すぞッ」
 怒ったのも無理がない。もぐり大名との一言に、あの両名を筆頭にした七八名の供侍達が、ばたばたと駈け戻って気色《けしき》ばみつつ詰め寄ろうとしたのを、
「頭《ず》が高いッ、控えいッ、陪臣共《またものども》が馴れがましゅう致して無礼であろうぞッ。当家御門前を何と心得ておる。まこと大名ならば素通《すどお》り罷《まか》りならぬものを、知らぬ顔をして挨拶も致さず通りぬけるは即ちもぐりの大名じゃッ。その方共は島津の太守の名を騙《かた》る東下《あずまくだ》りの河原者《かわらもの》かッ」
「なにッ、名を騙るとは何事じゃッ、何事じゃッ。よしんば長沢松平家であろうと
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