七郎君おん自らは、葵の御定紋もいかめしい朱塗り造りの曲※[#「※」は「祿−示」、第3水準1−84−27、144−上−9]《きょくろく》に、いとも気高く腰打ちかけながら、釣るがごとく釣らざるがごとくに何とはなく竿を操り、右に控えたお茶坊主は金蒔絵《きんまきえ》したる餌箱を恭《うやうや》しく捧持《ほうじ》して、針の餌を取り替え参らすがその役目、左に控えた今ひとりのお茶坊主は、また結構やかなお茶道具一式を揃えて捧持しながら、薄茶《うすちゃ》煎茶《せんちゃ》その時々の御上意があり次第、即座に進め参らすがその役目、そうしてうしろのお小姓は、飾り仕立てのお佩刀《はかせ》を、これまた恭しく捧持して神妙に畏まり、その物々しさ大仰さ、物におどろかない退屈男も、思わず目をそば立てました。
「さすがは権現様お血筋、なんとはのう御気高くましまして、早乙女主水之介、知らず知らずに頭の下がる思いにござります」
 言わぬばかりに膝こごめながら、御前の近くに伺候《しこう》しようとしたとき、
「ホウイ、ホイ」
 と、槍持ち奴共《やっこども》の声も景気よく吉田の宿《しゅく》の方から街道目ざして練って来たのは、どこかの藩の大名行列でした。無論、退屈男が待ちうけている薩州島津の行列ではない。それとは反対に無事江戸参覲を果して、久方ぶりでのお国詰を急いでいるらしい藩侯に違いないが、折も折に願うてもない道中行列が近づいて来たのはお誂え向きです。音に聞えたぐずり御免のあのお墨付が、どの位の威権を持っているか、まのあたりその御威力を拝見するには好機会と、急いで退屈男は、その道わきに姿をひそませながら、まなこを瞠《みは》って窺いました。
 と――案の定《じょう》、それまで供揃いもいかめしく、練りに練ってやって来た行列先のお徒士頭《かちがしら》らしい一人が、早くも源七郎|君《ぎみ》の釣り姿をみとめて、慌てふためきながら君公の乗物近くへ駈け戻っていったかと見ると、ぴたりと駕籠がとまって、倉皇《そうこう》としながら道中駕籠の中から降り立ったのは、一見して大藩の太守と覚しき主侯《しゅこう》です。しかも主侯自ら腰を低めて恐懼《きょうく》措《お》く能《あた》わないといったように、倉皇としながら小走りに、近よると、釣りの御前の遙かうしろに膝をこごめて、最上級の敬語と共に呼びかけました。
「源七郎|君《ぎみ》におわしまするか。土州
前へ 次へ
全24ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング