御血筋とも思えぬ程の飄逸《ひょういつ》な御気象に渡らせられたところから、大名共の手土産高を丹念な表に作り、これを道中神妙番付と名づけ、上から下へずっと等級をつけておいて、兎角、音物《いんもつ》献上品《けんじょうひん》を出しおしみ勝ちな大名が通行の際は、雨の日風の日の差別なく、御陣屋前の川に糸を垂れてこれを待ちうけながら、魚と共に大名釣を催されるのが、しきたりだったために、誰言うとなく奉ったのが即ちこの、世にも類稀《たぐいまれ》なぐずり松平の異名《いみょう》です。いかさま見様に依っては、その異名のごとくぐずることにもなったに違いないが、しかし、同じぐずりであったにしても、一国一城の主人《あるじ》を向うに廻してのことであるから、まことにやることが大きいと言うのほかはない。しかもぐずり御免のその御手形が、先の征夷大将軍家光公、お自ら認めて与えたお墨付たるに於ては、事《こと》自《おのずか》ら痛快事たるを免れないのです。それゆえにこそ、退屈男もまたこの際この場合、二人と得難きぐずり松平の御前が近くにおいでときいて、これぞ屈竟《くっきょう》の味方と、目を輝かしつつ打ち喜んだのは無理からぬことでした。まことに鬼に金棒、徳川御一門の松平姓を名乗るやんごとない御前をそのうしろ楯に備えておいたら、いかに島津の修理太夫が、七十三万石の大禄に心|奢《おご》り、大藩領主の権威を笠に着たとて、ぐずり御免のそのお墨付に物を言わせるまでもなく、葵《あおい》の御紋どころ一つを以てこれを土下座せしめる位、実に易々たる茶飯事だったからです。
「わははは、面白いぞ、面白いぞ、さては何じゃな、今の二人が陣屋の雲行《くもゆ》き、探りに参ったところを見ると、島津の太守、つね日頃より松平の御前の御見込みがわるいと見ゆるのう。そうであろう。どうじゃ、そのような噂聞かぬか」
「はい、聞きましてござります。いつもいつも献上品を出し渋り勝ちでござりますとやらにて、道中神妙番付面では、一番末の方じゃとか申すことでござります」
「左様か、左様か、いやますます筋書がお誂え通りになって参ったわい。然らば一つ馬の代五千頭分程も頂戴してつかわそうかな。御陣屋は街道のどの辺じゃ」
「ついあそこの曲り角を向うに折れますとすぐでござります」
「ほほう、そんなに近いか。では、早速に御前へお目通り願おうぞ。そちも早うこの馬弔うておいて、胸のす
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