のように駈け出しました。
 第一周は優劣なし!
 第二周目も亦同じ。
 しかし、第三周目に及んだとき、断然八条流の黒住団七と、大坪流の古高新兵衛の両頭が、三馬身ずつあとの二人を抜きました。つづいて第四周目に及んだとき、さらに両名は二馬身ずつうしろの二人を抜いて、黒白両頭の名馬は、一進一退馬首を前後させながら、次第に第五周目の決勝点に迫りつつあったので、大坪流の古高勝名乗りをうけるか、八条流の黒住勝つか、場内の者等しく手に汗を握ったとき! ――だが、突如としてここに、予想だにもしなかった呪うべき椿事《ちんじ》が勃発したのです。先頭を切りつつあった古高、黒住の両名が、あと半周りで最後の決勝点へ這入ろうとしたその曲り目の一般席前までさしかかった時でしたが、見物席中からであったか、それともうしろの幔幕外《まんまくそと》からであったか、一本の鉄扇がヒュウと唸りを発しつつ、たしかに葦毛の黒住団七めがけて、突如矢のように飛んで来ると、あわやと思ったあいだに、結果は意外以上の意外でした。気がついたものかそれとも偶然からか、狙われた団七がふと首をすくめたので、危うく鉄扇がその身体の上を通り越しながら、丁度並行して大坪流の秘術をつくしつつあった右側向うの、黒住団七ならぬ古高新兵衛の脇腹に、はッしと命中いたしました。
 ために古高新兵衛はドウと顛落《てんらく》落馬したことは勿論のこと、そのまに危うく難を避け得た黒住団七が凱旋将軍のように決勝点へ駈け入りましたが、しかし、場内はこの思いもかけぬ椿事のためにいずれも総立ちとなって、将軍家におかせられては御不興気にすぐさま御退出、曲者《くせもの》捕《とら》えろッ、古高新兵衛を介抱しろッ、どうしたッ、何だッ、と言うようなわめき声が八方に上がりまして、ついに折角の御前試合も、忽ち騒然、右往左往と人が飛び交いつつ、見る見るうちに場内はおぞましき修羅の巷と化してしまいました。
 とみて、わが退屈男の色めき立ったのも勿論です。
「のう、京弥!」
「はッ」
「最初からそれなる両名、特に殺気立っていたようじゃったが、先程試合前にあの美形が天降ったあたりといい、何ぞまた退屈払いが出来るやも知れぬぞ」
「いかさま様子ありげにござりまするな。念のために一見致しましょうか」
「おお、参ってみようぞ。要らぬ詮議立てじゃが、この木の芽どきに生欠伸《なまあくび》ばかりして
前へ 次へ
全16ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング