がったね。古高様の中間の六松めが、さっき見せびらかしていた品でごぜえますよ」
 もっけもない事を言いましたので、何気なく手にとりあげて、とみつこうみつ打ち調べているとき、ころり、と叺《かます》の中から下におちたものは、丁半バクチに用いる象牙細工の小さな賽《さい》ころです。
「ほほう、そろそろ筋書通りになって参ったな」
 言いつつ、うそうそと微笑を見せていましたが、実に猪突でした。
「病《やまい》というものは仕方がのうてな、身共も至ってこの賽ころが大好物じゃが、その方共が用いるところはどこの寺場じゃ」
「ふえい?……」
「なにもそのように頓狂な声を発して、おどろくには当らないよ。こればッかりは知ったが病、久しぶりでちと弄《なぐさ》みたいが、いつもどこの寺場で用いおるか」
「ご冗談でござりましょう。お見かけすればお小姓をお召し連れなさいまして、ご身分ありげなお殿様が、賽ころもねえものでごぜえますよ。いい加減なお弄《なぶ》りはおよしなせえましな」
「疑ごうていると見ゆるな。身分は身分、好物は好物じゃ。ほら、この通りここに五十両程用意して参っているが、これだけでは資本《もとで》に不足か」
 ちゃりちゃりと山吹色を鳴らしてみせましたので、笑止なことには根が下司《げす》な中間共です。
「はあてね。いい色していやがるね。じゃ、あの、本当にこれがお好きなんでごぜ[#「ぜ」は底本では「ざ」と誤植]えますかい」
 小判の色に誘惑でもされたもののごとく、ついうっかりと警戒を解きながら、乗り気になって来たので、すかさずに退屈男が油をそそぎかけました。
「下手の横好きと言う奴でな。ついせんだっても牛込の賭場で、三百両捲き上げられたが、持ったが病で致し方のないものさ。これだけで足りずば屋敷へ使いを立てて、あと二三百両程取り寄せても苦しゅうないが、存じていたら、そち達の寺場に案内せぬか」
「そりゃ、ぜひにと言えばお教え申さねえわけでもござんせぬが、実あ、こないだうちここへ御主人のお供致しまして、馬馴らしに参りますうちに六松と昵懇《じっこん》になって、あいつの手引で行くようになったんでごぜえますからね。そうたびたび弄《なぐさ》みに参ったわけじゃござんせんが、寺場って言うのがちっと風変りな穴なんでごぜえますよ」
「どこじゃ。町奴共の住いででもあるか」
「いいえ、手習いの師匠のうちなんでごぜえますよ」
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