包み、肩のあたりの丸々とした肉付き、腰のあたりのふくよかな曲線、はてはそこに乳房もかくされているのではないかと、怪しまれる程な艶に悩ましい女装でしたから、命じた主水之介までがやや暫し見惚れた位でしたが、やがて自身は勿論のこと、杉浦権之兵衛にも命じて、深々と覆面させると、細身の太刀をおとし差しに、お馴染の意気な素足に雪駄ばきで、京弥、権之兵衛両名を引き具しながら、悠々と長割下水を立ちいでましたのは、宵の五ツ少し手前な刻限でした。
 今の時間ならば丁度七時半前後といった時分ですから、御意はよし、春はよし、恰もそぞろ歩きの人の出盛り時で、しかし、退屈男以下三名の目ざしたところは、川を向うに渡っての日本橋から京橋への大通りでした。無論のことにそれと言うのは、囮の京弥をなるべく人の目に立たせるためで、人が京弥のすばらしい女装姿に見惚れて通ったならば、いつかそのあでやか振りが伝わって、百化け十吉の耳にも這入り、或は直接また目にもかけ、うまうま海老で鯛を釣る事が出来るだろうと思ったからでした。
 さればこそ退屈男は、屋敷を出てから女装の京弥とは二三丁もわざと距離をおいて、どこで十吉がかいま見た時でも
前へ 次へ
全36ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング