しな》みです。しかもそれが新刀は新刀でしたが、どうやら平安城流《へいあんじょうりゅう》を引いたらしい大変《おおのた》れ物で、荒沸《あらに》え、匂い、乱れの工合、先ず近江守か、相模守あたりの作刀らしい業物でしたから、時刻は今|短檠《たんけい》に灯が這入ったばかりの夕景とは言い条、いわゆるこれが良剣よく人をして殺意を起こさしむと言う、あの剣相の誘惑だったに違いない。――ほのめく短檠の灯りの下で、手入れを終った刀身をじいっと見詰めているうちに、じり、じりと誘惑をうけたものか、ぶるッと一つ身をふるわして、呟くごとくに吐き出しました。
「血を吸わしてやりとうなったな――」
 だが、そのとき、殺気を和《なご》めるようにぽっかりと光芒《こうぼう》爽《さや》けく昇天したものは、このわたりの水の深川本所屋敷町には情景ふさわしい、十六夜《いざよい》の春月でした。
「退屈男のわしにはつがもねえ月じゃ。では、まだ少し早いが、ひと廻り曲輪《くるわ》廻りをやって来るか」
 のっそりと立ち上がって、今、血に巡り会わしてやりたいと言ったばかりの業物を、音もなくすいと腰にしたとき――、
「お兄様! お兄様!」
 遂《と
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