が、あっと思う間に轟然と打ち放しました。
「馬、馬鹿者ッ、何を致すかッ」
身には揚心流小太刀の奥義《おうぎ》があっても、何しろ対手の武器は飛び道具でしたから、叫びつつも京弥がたじろいでいるとき、再びぱッときな臭い煙硝《えんしょう》の匂いが散るや一緒で、第二発目が轟然とまた駕籠中目ざしながら放たれました。
と同時に、何たる不覚であったか、江戸名物退屈男ともあろう者が、思いのほかの不覚さで、脆くも急所をやられでもしたかの如く、ううむ、と言う呻き声を駕籠の中からあげましたので、ぎょッとなったのは言う迄もなく京弥です。
「殿様! 殿様!」
安否を気づかって駈けよろうとしましたが、と見てそのとき――、
「ざまアみやがれッ。命さえ貰って了えばもう用はないわッ」
棄て白《せりふ》を残しつつ、不逞の非人が、逸早く逃げ延びようとしかけたので、事は先ず対手を捕えるが急! 京弥のふと心づいたのは手裏剣《しゅりけん》の一手です。
「卑怯者めがッ、待てッ」
呼びかけるとその右手に擬したるは小柄《こづか》。
「命知らずめッ。うぬも見舞ってほしいか」
振り返ると非人がまた右手に種ガ島を擬しました。
一個は大和《やまと》ながらの床しい手裏剣! 他は南蛮渡来《なんばんとらい》の妖《あや》しき種ガ島――茲に緩急《かんきゅう》、二様の飛び道具同士が、はしなくも命を的に優劣雌雄を決することに立到りましたが、勿論、これは贅言《ぜいげん》を費す迄もなく、その武器の優劣と言う点から言えば、手裏剣よりも短銃に七分の利がある筈でした。けれども、いざその雌雄を争う段となれば、事はおよそ命中率の問題です。命中率の問題とならば言う迄もなく武器を使用するものの手練と技が結果を左右する筈なので、いかさま怪しの非人には、七分の利ある種ガ島があるにはあったが、それと同様に、否、むしろそれ以上に京弥にはまた、技の冴えと手練の敏捷さがありました。
さればこそ、一つはヒュウと唸りを発して、他は轟然と音を発して、両者殆んど同時に各々の敵を目がけながら放たれましたが、まことに多幸! 千年鍛錬の大和ながらなる武道の技の冴えは、遂に俄か渡来の俄か武器に勝って、危うく弾が京弥の耳脇をうしろにそれていった途端、揚心流奥義の生んだ手裏剣が狙い過《あやま》たずブッツリと怪しい非人の太股につきささりましたので、何条いたたまるべき! ――痛手にこらえかねて、身をよろめかしたとき、ひらひらと京弥の小姓袴が、艶《えん》に美しく翻えったと見えましたが、ばっと対手のふところに飛び入ると、刹那に施されたものは遠気当《とおきあ》て身の秘術でした。
「ざまをみろッ、卑怯者ッ」
ばたりとそこへ非人をのけぞらしておくと、何はともかく主水之介の安否が気がかりでしたから、取り急いで駕籠側へ駈けかえると、何とこはそもいかに! ――悠然と垂れを排しつつ、微笑しいしい姿を見せた者は余人ならぬ退屈男です。しかも、至って事もなげに言うのでした。
「これはどうも、いやはや、ずんと面白いわい。段々と退屈でのうなりおったな」
「では、あの、お怪我をなさったのではござりませなんだか!」
「南蛮の妖器《ようき》ぐらいに、江戸御免の退屈男が、みすみす命失ってなるものかッ。この通り至極息災じゃ」
「でも、ううむと言う、お苦しそうな呻き声があったではござりませぬか!」
「そこじゃそこじゃ。人と人の争いは武器でもない。技ばかりでもない。智恵ぞよ、智恵ぞよ。この主水之介の命など狙う身の程知らずだけあって、愚かな奴めが、わしの兵術にかかったのさ。早くも胡散《うさん》な奴と知ったゆえ、二度目に駕籠脇へ近よろうとした前、篠崎竹雲斎《しのぎきちくうんさい》先生《せんせい》お直伝《じきでん》の兵法をちょっと小出しに致して、ぴたり駕籠の天井に吸いついていたのじゃよ」
「ま! さすがはお殿様にござります。京弥ほとほと感服仕りました」
「いや、そちの手並も、弱年ながらなかなか天晴れじゃ。これでは妹菊めの参るのも無理がないわい。――では、どのような奴か人相一見いたそうか」
言うと、泡を吹かんばかりに悶絶したままでいる非人の側へ騒がずに歩みよったかと見えましたが、ぱッと片足をあげると、活代《かつがわ》りに、相手の脾腹《ひばら》のあたりを強く蹴返しました。一緒に呼吸をふきかえして、きょときょとあたりを見廻していた非人の面《おもて》をじろりと見眺めていましたが、おどろいたもののごとく言いました。
「よッ。姿かたちこそ非人に扮《つく》っているが、まさしくそなたは前夜のあの町方役人じゃな」
まことに、意外から奇怪へ、奇怪から意外へ、つづきもつづいた出来事ばかりと言うべきでしたが、気がつくと同時にぎょッと非人のおどろいたのも亦当然なことです。
「しまったッ。さてはまんまと計
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