どこか部屋のうちにでも匿うのかと思うと、そうではないので、ここら辺が江戸名物旗本退屈男の面目躍如たるところですが、安心いたせと言ったにも拘らず、風体怪しきそれなる血まみれ男を、ちゃんとそこの庭先へすて置いたままでしたから、その時御用提灯をかざしながら、どやどやと押し入って来た町役人共の目に当然のごとく発見されて、すぐさま罵り下知する声があがりました。
「こんなところへ逃げ込みやがって、手数をかけさせる太い奴じゃ。うけい! うけい! 神妙にお縄をうけいッ」
きくや、退屈男の蒼白秀爽な面《おもて》に、ほんのり微笑が浮いたかと見えましたが、一緒にピリピリと腹の底に迄も響くかのごとくに言い放たれたものは、小気味よげなあの威嚇の白《せりふ》です。
「あきめくら共めがッ、この眉間の三日月形が分らぬかッ」
「………?![#「?!」は横一列]」
「よよッ」
「………!」
「分ったら行けッ」
「早乙女の御前とは知らず、お庭先をお騒がせ仕って恐れ入ってござります。なれ共、それなる下郎はちと不審の廉《かど》あって召捕らねばならぬ者、役儀に免じてお下げ渡し願われますれば仕合せにござります」
「では、行けと申すに行かぬつもりかツ[#ママ]」
「はは、申しおくれましてござりまするが、拙者は北町奉行所配下の同心、杉浦権之兵衛と申しまする端役者《はやくもの》、役儀に免じて手前の手柄におさせ願われますれば、身の冥加《みょうが》にござります」
「ならば行けッ。無役なりとも天下お直参の旗本じゃ。上将軍よりのお手判《てはん》お差紙《さしがみ》でもを持参ならば格別、さもなくばたとい奉行本人が参ったとて、指一本指さるる主水之介[#「主水之介」は底本では「主水介」と誤植]ではない。ましてやその方ごとき不浄|端《は》役人に予が身寄りの者引き立てらるる節はないわッ。行けッ、下がれッ」
「えッ。では、それなる下郎、御前の御身寄りじゃと申さるるのでござりまするか!」
「言うが迄もない事じゃ。当屋敷の内におらば即ち躬《み》が家臣も同然、下がれッ、行けッ」
口惜しがって地団駄踏んでいましたが、鳶の巣山初陣が自慢の大久保彦左以来、天下の大老老中とても滅多な事では指を触れることの出来ない、直参旗本の威厳が物を言うのでしたから、まことに止むをえないことでした。
「………!」
「………!」
いずれも歯を喰いしばりつつ、無言の
前へ
次へ
全18ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング