役人共に聞き訊ねた上で、事と次第によらばこの主水之介が料《りょう》ってつかわすのじゃ」
「分りました。では、お邪魔にござりましょうが、手前もお供にお連れ下さりませ」
「ほほう、そちも参ると申すか。でも、菊が何と申すか、それを聞いた上でなくばわしは知らぬぞ」
「またしてもご冗談ばっかり――それは、それ、これはこれでござりますゆえ、お連れなされて下さりませ。実はあまり家《や》のうちばかりに引き籠ってでござりますゆえ、近頃腕が鳴ってならぬのでござります」
「わしの退屈|病《やまい》にかぶれかかって参ったな。ではよいよい、気ままにいたせ」
 雀躍《じゃくやく》として京弥が供揃いの用意を整えて参りましたので、退屈男は直ちに駕籠を呉服橋の北町御番所めざして打たせることになりました。

       三

 しかし、駕籠が門を出ると同時です。そこの築地《ついじ》を向うにはずれた藪だたみのところに、見るから風体《ふうてい》の汚ないいち人の非人が、午下《ひるさが》りの陽光を浴びて、うつらうつらとその時迄居眠りをつづけていましたが、足音をきくとやにわにむくりと起き上がりながら、胡乱《うろん》なまなざしであとになりつ、先になりつ、駕籠を尾行《つけ》出しましたので、時が時でしたから京弥がいぶかしんでいると、青竹杖をつきつつ、よろよろと近づいて来て、いきなり垂れの中の主水之介に呼びかけました。
「御大身の御方とお見受け申しまして、御合力《ごごうりょく》をいたします。この通り起居《たちい》も不自由な非人めにござりますゆえ、思召しの程お恵みなされて下さりませ」
「汚ない! 寄るなッ、寄るなッ」
 慌てて京弥が制しましたが、非人は屈せずあとを追いかけながら、駕籠側に近よって来ると、再びうるさく呼びかけました。
「汚ない者なればこそ、合力いたすのでござります。そのように御無態《ごむたい》なことを申しませずに、いか程でもよろしゅうござりますゆえ、お恵み下さりませ」
「寄るなと言うたら寄るなッ」
 しかしその刹那《せつな》でした。
「何を吐かしやがるんだッ。ほしいものは金じゃねえ、主水之介の命なんだッ。要らぬ邪魔立てすると、うぬの命もないぞッ」
 突如、非人が意外な罵声《ばせい》をあげると、やにわに懐中からかくしもった種ガ島の短銃を取り出して、駕籠の中をめざしつつ右手《めて》に擬《ぎ》したかと見えました
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