しょうと、君侯《との》のお目をかすめ奉って、左様な道ならぬ不義は霧島京弥、命にかけても相成りませぬ。それにまた――」
「ほかに契り交わした者があるゆえ、その者へ操を立てる上にもならなかったと、申さるるか」
「はっ……。お察しなされて下されませ」
「いや、よくぞ申された。それ聞かばさぞかし菊路も――いや、その契り交わした者とやらも泣いて喜ぶことでござろうよ。その者の兄もまたそれを聞かば、きっと喜ぶでござりましょうよ。だが、少し不審じゃな。お杉の方と言えば仮りにも十二万石の息のかかったお愛妾。にも拘らず、かような場所へそこ許《もと》を掠《さら》って参るとは、またどうしたことじゃ」
「別にそれとて不審はござりませぬ。こちらの丁字様は以前お屋敷に御奉公のお腰元でござりましたのが、故あってこの廓《さと》に身を沈めましたので、そのよしみを辿ってお杉の方様が、手前にあのような偽《にせ》の手紙を遣わしまして、まんまとこのような淫らがましいところへ誘《いざな》い運び、いやがるものを無理矢理に、今ごらんのようなお振舞いを遊ばされたのでござります」
言ったとき――、物音で知ったものか、強刀《ごうとう》をひっさげて、突然そこに姿を見せた者は更に意外! まぎれもなき宵のあの赤谷伝九郎でしたから、退屈男の蒼白な面《おもて》にさッと一抹の怒気が走ると、冴えた声が飛んで行きました。
「さてはうぬが、この淫乱妾のお先棒になって、京弥どのを掠《さら》ってまいったのじゃな」
「よよッ、又しても悪い奴がかぎつけてまいったな! 宵の口にも京弥めを今ひと息で首尾よう掠おうとしたら、要らぬ邪魔だてしやがって、もうこうなればやぶれかぶれじゃ。斬らるるか斬るか二つに一つじゃ。抜けッ、抜けッ」
愚かな奴で場所柄も弁えず、矢庭と強刀を鞘走らしましたものでしたから、退屈男はにんめり冷たい笑いをのせていましたが、ピリリと腹の底迄も威嚇するような言葉が静かに送られました。
「馬鹿者めがッ、この三日月形の傷痕はどうした時に出来たか存ぜぬかッ」
だが伝九郎は、急を知ったと見えてどやどやとそこに門弟達が各々追ッ取り刀で駈けつけて来たので、にわかに気が強くなったに違いない。恐いものをも知らぬげに、ぴたり強刀を主水之介の面前に擬《ぎ》しました。さすがに一流の使い手らしく、なかなか侮りがたい剣相を見せていましたが、しかし退屈男の胆
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