行けッ」
五
かくして乗りつけたところは、粋客《すいきゃく》嫖客《ひょうきゃく》の行きも帰りも悩みの多い、吉原大門前です。無論もう客止めの大門は閉じられていましたが、そこへ行くと三とせ越しのお顔が物を言うのだから叶わない。
「早乙女主水之介、また罷り越すぞ」
会所の曲輪役人共を尻目にかけながら、ずいとくぐりぬけて、さっさと登《あが》っていった家は意外と言えば意外ですが、先程宵のうちに待ち伏せていて、恋慕の口説《くぜつ》を掻きくどいたあの散茶女郎水浪のいる淡路楼でした。
喜び上がったのは無論水浪です。小格子女郎のところへなぞはどう間違ったにしても、舞い降りて下さる筈もないお直参の旗本が、それを向うから登楼したので、悉く思い上がりながら仇めかしく両頬を紅《くれない》にぽっと染めて、ふるいつくように言いました。
「ま! よう来てくんなました。では、あの、わちきの願いを叶えて下さる気でありいすか」
「まてまて。叶える叶えないは二の次として、ちとその前に頼みたい事があるが、聞いてくれるか」
「ええもう、主《ぬし》さんの事ならどのようなことでも――」
「左様か、かたじけない、かたじけない。丸に丁の字を染めぬいた看板の持主はどこの太夫さんじゃったかな」
「ま! 曲輪がお家のような主さんでありいすのに。その紋どころならば、王岸楼の丁字花魁ではありいせぬか」
「おう左様か左様か。その丁字花魁の様子をこっそり探って来てほしいのじゃがな。いってくれるか」
「そしたら、わちきの願いも叶えてくんなますかえ」
「風と日和《ひより》次第、ずい分と叶えまいものでもないによって、行くなら早う行って来てくれぬか」
喜び勇みながら出ていったと思うやまもなく色めき立って帰って来ると、おどろくべき報告をいたしました。
「いぶかしいお客様方ではありいせぬか、丁字さんのところには、由緒ありげな女子《おなご》のお客さんに、美しい若衆が御一緒で、ほかに六七人程も乱暴そうなお武家さんが御一座してざましたよ」
「なにッ、若衆に女子の客とな?――ご苦労じゃった。今宵は許せ。また会うぞ」
颯爽として立ち上がると、例の宗十郎頭巾のままで、ただちに行き向ったところは揚屋町の王岸楼でした。
「主水之介じゃ。丁字太夫にちと急用があるによって、このまま通って行くぞ」
言いすてながらずかずかと上がって行く
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