く洩れて来た灯りです。深夜の九ツ過ぎに御門番詰所の中から、なお灯りの見えていることは、未だに誰か外出している事を証明していましたので、何びとが門を預かっているか、そっと忍び寄りながら武者窓の隙から中をのぞいてみると、少しこれが不審でした。禄高十二万石の御門番ですから、屈強な御番士が門を預かっているのに不審はないが、余程退屈しているためにか、それとも目がない程に好きであったためにか、ひとりでしきりに将棋を差しているのです。それも何かむずかしい詰め手にでも打つかったものか、やや顔を青めながら、やけに腕を拱《こまぬ》いて考え込んでいる姿が目に映ったので、退屈男は急に何か素晴らしい奇計をでも思いついたもののごとく、にんめり微笑をもらすと、その武者窓下にぴたり身を平《ひら》みつけて、わざと声色をつくりながら、突然|陰《いん》にこもった声で呼びました。
「ゴモンバン――こりゃ、ゴモンバン――」
 屋敷が隅田川へのぞんだ位置であったとこへその呼び方が並大抵な呼び方ではなく、さながら河童ガ淵の河童が人を淵の中へ呼び入れる時に呼んだ声は、こんな呼び声ではなかったろうかと思われるような、気味わるく陰にこもった声で御門番とやったので、番士は少々ぞっとしたらしく、恐々《こわごわ》やって来て恐々窓から表をのぞくと、きょろきょろあたりを見廻しながら呟きました。
「――変だな、たしかに今気味のわるい声で呼びやがったがな。気のせいだったかな」
 のぞいて、姿のないのに、いぶかりながらまた将棋盤に向ったらしいのを見すますと、退屈男の同じ不気味な声色が深夜の空気をふるわして陰々と聞えました。
「ゴモンバン――こりゃ、ゴモンバン――」
「畜生ッ、いやな声でまた呼びやがったな。どこのやつだッ」
 恐々《こわごわ》さしのぞいて、恐々探しましたが、丁度格子窓の出ッ張りの下に平《ひら》みついているのですから、分る筈はないのです。不気味そうに帰っていったのを見すますと、追いかけながらまた退屈男の言う声が聞えました。
「――ゴモンバン、こりゃ、ゴモンバン」
 とうとう癇にさわったに違いない。
「ふざけた真似をしやがって、どこの河童だ。化かそうと思ったって化かされないぞ!」
 白《せりふ》は勇ましいが慄え声で、恐々《こわごわ》くぐりをあけながら、恐る恐る顔をのぞかしたところを、武道鍛錬の冴えをもってぎゅっとつかみ押え
前へ 次へ
全22ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング