真似をやったなッ」
雄叫《おたけ》びながらひたひたと間をちぢめて、両翼八双に陣形を立て直しつつ、爪先き迫りに迫って来ると、左右一度が同時に襲いかかりました。けれども、若衆の腕の冴えは、むしろ胸がすく程な鮮かさでした。迫る前に左右の二人は笑止なことに右と左へ、最初のひとりと同じように、急所の峰打を頂戴しながら、もろくも長々と這いつくばりました。
それと見て残った四十がらみが、うで蛸のごとく真赤になった時、どかどかと人込みを押し割って、門弟らしい者を六七人随えた、一見剣客と思われる逞しい五分月代《ごぶさかやき》が、突如そこに姿を見せると、明らかに新手の助勢であることを示しながら、叱咤《しった》するように叫びました。
「腑甲斐ねえ奴等だな! こんな稚児ッ小僧ひとりを持てあまして何とするかッ。どけどけ。仕方がねえから俺が料《りょう》ってやらあ!」
聞くと同時に、先刻からの伝法な兄哥がやにわに、長割下水の殿様と称されている不審な宗十郎頭巾に、かきすがるようにすると、けたたましく音《ね》をあげて言いました。
「いけねえいけねえ! 殿様、ありゃたしかに今やかましい道場荒しの赤谷《あかたに》伝九郎ですぜ。あの野郎が後楯《うしろだて》になっていたとすりゃ、いかな若衆でも敵《かな》うめえから、早くなんとか救い出してやっておくんなせいな」
「ほほう、あの浪人者が赤谷伝九郎か、では大人気ないが、ひと泡吹かしてやろうよ」
それを耳にすると、初めて宗十郎頭巾がちょッと色めき立って、静かに呟きすてながら、のっそり人垣の中へ割って這入ると、騒がず、若衆髷をうしろに庇ったかとみえたが、おちついた錆のある冷やかな言葉が、ゆるやかにその口から放たれました。
「くどうは言わぬ、この上人前で恥を掻かぬうちに、あっさり引揚げたらどうじゃ」
「なにッ。聞いた風な白《せりふ》を吐かしゃがって、うぬは何者だッ」
「そうか、わしが分らぬか。手数をかけさせる下郎共じゃな。では、仕方があるまい。この顔を拝ましてつかわそうよ」
静かに呟き呟き、おもむろに頭巾へ手をかけてはねのけたと見るや刹那! さッとそこに、威嚇するかのごとく浮き上がった顔のすばらしさ! くっきりと白く広い額に、ありありと刻まれていたものは、三日月形の三寸あまりの刀傷なのです。それも冴《さ》え冴えとした青月代《あおさかやき》のりりしい面に深くぐい
前へ
次へ
全22ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング