つかつかとお白州へ飛び降りて、足もとの小じゃりを拾いとったかと思うと、
「えッ!」
突き刺すような気合いの声といっしょに、お駒のうしろ影めざしてぱっと投げつけました。――せつな、身に武道の心得ある者でなければできるわざではない。血も熱も冷えきってしまった人のように、よろよろと歩いていたお駒が、一瞬にさっと身をかわして、きっとなりながらふりかえると、
「おいたはおよしなさいませ……」
涼しい声で嫣然《えんぜん》と笑いながら、またゆっくりとうなだれて、とぼとぼと表へ消えました。
「とんだ食わせものだ。またちっと忙しくなりやがったな。――おうい、あにい! 伝六」
「ここにあり」
「見たか」
「まさに拝見いたしましたね。いい形でしたよ。つかつかと飛び降りる、さっと石を拾う、えッ、パッと投げて、大みえきってぴたりと決まった型は、まずこのところ日本一、葉村家かむっつり屋といったところだ。うれしかったね。胸がすうとしましたよ」
「そんなことをきいているんじゃねえや。今のお駒のあざやかなところを見たかというんだよ。千両役者にしたって、ああみごとに舞台は変わらねえ。あの決まったところ、さっとつぶてをかわしたところ、きりっと体が締まったところ、おいたはおよしなさいませとおちついたところ、やっとう剣法、竹刀《しない》のけいこでたたきあげたにしても、まず切り紙以上、免許ちけえ腕まえだ。女に剣術使いはあるめえと思い込んでかかったのが目ちげえさ。あの体のこなしなら、袈裟《けさ》がけ、一刀切り、男一匹ぐれえを仕止めるにぞうさはねえ。またひとてがらちょうだいするんだ。早くしたくしな」
「冗談じゃねえ。それなら、なぜさっき横車を押さなかったんですかよ。万兵衛のだんなが、ご意見はいかがじゃ、ご異論はござらぬか、と二度も三度もバカ念を押したんだ。あるならあるで、はい、先生、ございますと、活発に手をあげりゃよかったじゃねえですか」
「犬の顔にだって裏表があるんだ。物を考えつくときにだって、あともありゃさきもあるよ。初めっから気がついていりゃ、ほっちゃおかねえや。今ひょいと思いついたんで、急がしているんだ。とっとと駕籠《かご》を呼んできな」
「いいえ、だんな、お黙り! なるほど、犬の顔にも裏表があるかもしれねえがね、よしんばお駒が免許皆伝の剣術使いであったにしても、包丁はドス、そのドスが血によごれて、死
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