吸いこむように右門の姿をかくしました。
3
半刻、四半刻と、やがて日のいろが薄れて、ほの白い春の宵が、しっとりとたれ落ちました。精いっぱいの聞き込みを集めているとみえて、わかれていった伝六がなかなか帰らないのです。――寝て待ち、起きて待ち、あごと遊んで待っているうちに、人通りもおおかた遠のいた表の町から、ばたばたと景気のいい足音が、下の店さきへ駆けこみました。
「伝六か!」
「しかり!」
「景気がいいな。みやげはどうだ。その足音じゃたんまりとありそうだが、どうだ、わかったか」
「…………」
しかし、伝六は駆けあがってきた元気とはうって変わって、しょんぼりとたたずみながら、しきりとまゆをぬらしているのです。
「だめなのかい」
「いいえ、だめとはっきり決まったわけじゃねえんだ。音蔵のほうで五軒、お駒のほうで五軒、締めて十軒探ったんですがね。そのうちで、たぶんふたりだろうといったのが――」
「何軒だ」
「締めて五軒あるんですよ。いいや、ひとりかもしれねえといったのが、やっぱり五軒あるんだ。くたぶれもうけさ。いくら探っても、やっぱり、ひとりかふたりか、雲が深くなるばかりで正体はわからねえんですよ」
「なんでえ。ばかばかしい。それなら、なにも景気よく帰ってくるところはねえじゃねえか。今ごろまゆをぬらしたっておそいや」
「おこったってしようがねえですよ。あっしのせいじゃねえんだからね。ふたりかひとりかわからねえようなやつが、このせちがらい世の中をのそのそしているのがわりいんです。ほかに手はねえんだ。どうあっても正体を突きとめるなら、野郎たち両方へ呼び出しをかけるより法はねえんですよ。ひとりだったら一匹来るし、ふたりだったら二匹来るし、そのときの用意にと思って、まゆをぬらしているんだ。――はてな、待ったり! 待ったり! なにか急に騒がしくなりましたぜ」
ぴたりと声を止めて、伝六が立ちあがりました。――聞こえるのです。ばたばたと、あちらこちらへ駆け走っている騒々しい足音の中から、押しつぶしたような声があがりました。
「人殺しだ!」
「火の見の下ですよ! 音蔵さんと同じところに、同じかっこうをして、また人が切られているんだ。人殺しですよ! 気味のわりい人殺しが、また火の見の下にあるんですよ!」
むくりと名人が起きあがったかとみるまに、いつにもなくいろめきたって、
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