なけぶりもないのです。内玄関先へ出て待って、青ざめ震えていた三庵の姿をみると、やにわにずばりと命じました。
「手を見たい。家の者残らずこれへ呼ばっしゃい」
「手……? 手と申しますると?」
「文句はいりませぬ。言いつけどおりにすればいいのじゃ。早くこれへひとり残らず呼ばっしゃい」
 いずれもいぶかりながら、書生、代診、下男、下女、残らずの雇い人たちがぞろぞろと出てくると、左右から手の林をつくって名人の目の前にさし出しました。ちらりと見たきり、だれの手にも異状はないのです。あとからゆうべのあの千萩が、おもはゆげに姿を見せると、そこのついたての陰から、白い美しい手を恥ずかしそうにさし出しました。しかし、異状はない。――あとにつづいて、母親が姿を見せました。
 ちらりと見ると、その左手に白い布が巻いてあるのです。せつなでした。鋭く名人の目が光ったかと思うといっしょに、えぐるような声がその顔を打ちました。
「その手はうるしかぶれでござろう」
 ぎょっと色を変えて、うろたえながら隠そうとしたのを、しかしもうおそいのです。名人が莞爾《かんじ》と大きく笑いながら、手を振るようにして雇い人たちを追いやって、まず秘密の壁をつくっておくと、静かにあびせました。
「これが右門流のつりえさだ。よくおわかりか。ゆうべおそくにわざわざやって来て、こっそりとあの血がめのふたへうるしを塗っておいたんだ。そのふたにさわったからこそ、そのとおりうるしにかぶれたんでござろう。なに用あって、あの血のかめのふたをおあけなすった」
「…………」
「いいませぬな! 情けも水物、吟味|詮議《せんぎ》も水物だ。手間を取らせたら、いくらでも啖呵《たんか》の用意があるんですぜ。ただの用であのかめのふたへさわったんではござんすまい。たびたび二階の床の間へ血が降っているんだ。そのうるしかぶれがなにより生きた証拠、すっぱりと、ネタを割ったらどうでござんす」
「わ、わかりました……なるほどよくわかりました。この証拠を見られては、もう隠しだてもなりますまいゆえ申します……申します……」
 名人に責めたてられてはと、覚悟ができたと見えるのです。たえかねるようにそこへ泣きくずおれると、老いたる母親は涙にしゃくりあげ、しゃくりあげ秘密を割りました。
「も、申しわけござりませぬ。人騒がせのあの血をまいたのは、いかにもてまえでござります。
前へ 次へ
全24ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング