険があるのです。のぞきたいのをこらえて、ふたりはそこへうずくまりながら、じっと息をころして聞き耳立てました。
 同時のように、娘の千萩のほそくなまめかしい引き入れられそうな声が耳を制しました[#ママ]。
「お待ちかねでしたでしょう。千さま、もういいですよ。早くいっていらっしゃい……」
「…………」
「いいえ。だいじょうぶ。だれも見ちゃいないから、こわいことなんぞありませんよ。ええ、そう、――そう。まあ、かわいらしい。わたしにあいさつしていらっしゃるの。長遊びしちゃいけませんよ。早く帰っていらっしゃいね……」
 声といっしょに、するする、とかすかなきぬずれのような音がありました。
 右門主従は、おもわず息をのみました。のぞきたいのをけんめいにこらえて、じっと耳をすましながら、中のけはいをうかがいました。
 と思うまもなく、かたことと、位牌《いはい》でもが動くような物音があがりました。同時に、ちゅうちゅうと、まさしくねずみの鳴きもがきでもするような異様な声が伝わりました。あとから千萩の透き通るような声がまた耳を刺しました。
「まあ。おてがらおてがら。千さま。おみごとですよ。もういいでしょう。早くいらっしゃい。来なければしかりますよ」
 せつなです。名人主従は、引き入れられるようなその声につられて、われ知らずにさっと身を起こしました。しかし、同時に、右門も伝六も、おもわずぞっと身の毛がよだちました。
 へびです。へびなのです。大きなねずみをあんぐりとくわえて、位牌の間から長いかま首をぬっともたげながらのぞいているのです。
 いましがたちゅうちゅうと鳴きもがいたのは、じつにそのかま首がくわえているねずみなのでした。なまめかしい声で今、千萩が話をした相手も、そのへびなのでした。お櫃の中の正体も、またその長虫なのでした。
 へびを飼う娘!
 へびと話をする娘!
 意外な秘密を隠していた奇怪なお櫃《ひつ》は、意外ななぞを生んだのです。とみるまに、長虫はあんぐりとねずみをくわえたままで、ぬるぬると千萩の足もとへはいよると、なにかの化身のようにかま首をもたげながら、黒光りしている長いからだをその足へしきりとすりつけていたが、そのままするするとお櫃の中へはいこみました。
 伝六はもとよりのこと、さすがの名人も全身あわつぶだって、そこへ立ちすくんだままでした。それにしても、あの床の間へ降
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