ぱら手数のかかる男が、すでにもう足なぞをこまかく震わせて、うしろにまつわりついているのです。
「茶にも裏千家というものがあるんだ。おいらも裏右門流で出かけるかね。声を出すなよ。いいかい。こういうふうに回って、こういうふうに来るんだ。ついてきな……」
そこのへいつづきの境から横へ回って、くぐりをあけると、忍びやかに裏庭へ押し入りました。
さすがに弓道師範の住まいです。広くとった庭にはけいこ弓の矢場がずっと奥までつづいて、そのこちらに車井戸、井戸にとなって物干し場、――ひょいと目を向けると、小春日のあたたかい日ざしを浴びてひらひらと舞っている幾枚かの干し物が見えました。
じつに目が早いのです。
「へへえ、弓の大将、やもめだな」
「バカいいなさんな。やもめといやひとり者にきまってるんだ。やもめににおいがあるじゃあるめえし、見もしねえうちから、人のうちのことがわかってたまりますかよ」
「ところが、おいらの鼻は、においのねえそのやもめのにおいまでがわかるから、おっかねえじゃねえかよ。そこにひらひらやっている干し物を、ようみろい、けいこ着、下じゅばん、どれもこれも男物ばかりで、女物はなにひとつ見えんじゃねえか。下男がひとり、依田の大将が一匹、人の数までがちゃんとわかるよ。そっちの法被《はっぴ》は下男のやつだ。こっちの刺し子は依田のけいこ着だ。いわば、おまえとおいらのようなもんさ。――そら! そら! いううちに、変な声が聞こえるじゃねえか。やもめばかりの住まいに珍しい女の声だ、じっと聞いてみな」
ことばはわからなかったが、何かかん高に泣き叫んでいるような女の声が、切れぎれにふたりの耳を刺したのです。
「さあ、十手だ。どたばたしねえで、ついてきなよ!」
同時に、つかつかとそこのお勝手口から押し入りました。
「だ、だ、だれだ、だれだ。変なところから黙ってはいりゃがって、どこのやっこだ」
果然、下男とおぼしき若いやっこが飛び出してきて武者ぶりつこうとしたのを、相手になるような名人ではない。
「おまえなんざ役不足だ。用のすむまで、ゆっくり涼んでいろい」
ダッと、あっさり草香の当て身をかまして寝かしておくと、声をたよりに奥座敷を目ざしました。
いるのです。いるのです。
今まで何かふらち至極な責め折檻《せっかん》でもされていたとみえて、髪はくずれ、すそのあたりもあらわに乱れ
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