ぬというなら格別、おれじゃ、わしじゃ、おまえではない、うぬではないと言い争って罪を着たがるゆえ、拷問好きの敬四郎どのも痛しかゆしのていたらくで、ことごとく手を焼き、日を見ておりを見てと、入牢させておいたのがこのような朋輩《ほうばい》殺しになったのじゃ。何から何まで不審ずくめでござるからのう。どうなることやら、困ったことでござる」
いかさま、不審ずくめです。
いかに主家への忠義だての罪であったにしても、互いに罪を奪い合うのがそもそもの不審でした。
ましてや、その一人が他を殺すにいたっては、捨ておかるべきではない。不審のもとは、これは両替屋鈴文にあるのです。
「あにい! 茅場町だッ」
「駕籠《かご》ですかい!」
「決まってらあ!」
「ありがてえ! これでもちがつけらあ。さあこい! 野郎! あば敬の大将、そこらからひょこひょこと出るなよ。めんどうだからな。――へえ、御用駕籠です! はずんで二丁だ。かんべんしておくんなせえ。いいこころもちだね。飛ばせ! 飛ばせ」
ひとかど、ふたかど、四かどと曲がらぬうちに、もうその茅場町でした。
3
なるほどある。
古いのれんに、すず文と染めぬいて、間口も三間あまり、なかなかの大屋台です。
しかし、表の飾り天水おけはあってもたががはじけ、のれんには穴があいて、左前が軒下にのぞいているような構えでした。
「うそじゃねえや。屋根がほんとうに傾いていやがる。――おるか。許せよ」
「いらっしゃいまし……あいすみませぬが、ご両替ならこの次にお願いしとうござります…」
「この次を待ってりゃ土台骨がなくなろうと思って、大急ぎにやって来たんだ。おまえが主人か」
「さようでございますが、だんなさまはどちらの」
「どちらの男でもいい。しょぼしょぼしていてよく見えねえや。もっとこちらへ顔をみせろ」
いぶかるようにあげた顔は、もう六十あまり。――目にはやにが浮き、ほおは青やせにやせこけて深いしわがみぞのように走り、三度三度のいただきものも事欠いているのではないかと思われるような、しょぼしょぼとした老人でした。
そばに丁稚《でっち》がひとり。
これも食べないための疲れからか、まだ起きたばかりの朝だというのに、こくりこくりと舟をこいでいるのです。
「店のものはこれっきりか」
「ほかにおることはおったんですが――」
「牢へへえったんだろ
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