てこまかく運ばねえと、とかくしりがぬけるんだ。ある! ある! あのかどにあるのがそうですよ」
 ぐいと大川からこっちへ切りこんでいる小堀《こぼり》のかどの出っ鼻に、なるほど於加田と書いたあんどんが、ゆらめく水に灯影《ほかげ》を宿して見えました。
 むろん、すぐにも詮議《せんぎ》に押し入るだろうと思われたのに、つねに周到綿密、目の光らせどころにそつがないのです。家のまわり、川筋の様子、何か不審はないかと、そこの小陰にたたずみながら目を光らせました。
 同時に、名人のからだが、はっとなったように泳ぎだしました。
 あるのです。
 不思議な船が、大川岸に四|艘《そう》、小堀の中に三|艘《そう》、人待ち顔につないであるのです。
 それもただの不思議ではない。七艘ともにしめなわを張って、どの舟の船頭もまた一様に同じしめなわを腰へ巻きつけ、人目にたたぬように船龕燈《ふながんどう》をそででおおいながら、いまかいまかと舟宿から出てくる客を持ちうけている様子でした。
「ほほう、そろそろとにおってきたな。うなぎのにおいだか、めざしのにおいだか知らねえが、ただのにおいじゃねえようだぜ。引っこんでな! ひょこひょことそんなところへ顔を出すなよ!」
 しかって、ぴたり、へいぎわへ身をよせた主従の耳へ、船宿の裏二階から小さくそっと呼んだ小女の声が聞こえました。
「船頭さん、おしたくは?」
「いつでもいいよ」
「そう。じゃ、はぎの間のお客さんからお送りするからね。順々にこっちへ舟をたのみますよ」
 ギイギイと、艫音《ろおと》をころしながら忍び寄ってきたのといっしょに、板べいがぽっかりと口をあけて、案内の小女のあとから、あたりをはばかりはばかり、女の姿が現われました。
 十七、八の、まだ肩あげもとれないような下町娘なのです。
「いってらっしゃいまし。どうぞごゆっくり。船頭さん、しっかりたのむよ」
「おいきた。だいじょうぶだよ」
 拾いこむようにして娘を乗せると、奇怪な舟は艫音を急がせながら、ぐんぐんと大川を上へのぼりました。
 入れ違いにまたひとり。
 しかし、今度は三十すぎた奥方ふうの女です。
「ごゆっくりどうぞ……」
 送り出したあとから、またひとり女の姿が、黒板べいの口をくぐって現われました。さらに年のふけた五十近い金持ちの後家らしい女です。
 その舟も同じように、艫音を急がせながら、忍びや
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