って、これがほしいんだろう。よくよくあいそのつきるやつだ。しようがねえから、三両やるよ。早くいって出してきな!」
「うへへ……かたじけねえ! 話せるね、まったく! ちょいとひとなぞ遠まわしに店をひろげると、たちまちこのとおり、ものがおわかりあそばすんだからな。だんなさまさま大明神だ。だから、女の子がぽうっとくるんですよ」
「ろくでもねえおせじをぬかすない! とっとといってくりゃいいんだよ。おいらさきに行くから、あとから来るんだぜ。いいかい、柳橋の川増だ。とち狂って、また吹き矢や玉ころがしに行っちゃいけねえぜ」
「いうにゃ及ぶだ。殺した一|張羅《ちょうら》が生きてかえるとなると気がつええんだからね。だんなこそ、吹き流されちゃだめですぜ。いいですかい。まっすぐ行くんですよ……」
 ときあるごとに何か一つずつ事を起こさないと納まりのつかない男です。伝六を残してひと足さきに右門がその柳橋の川増へ行きついたときはちょうど六ツ。数寄屋橋《すきやばし》、呉服橋、南北両ご番所の同役同僚たちの顔が、もう八分どおり座に見えました。
 与力、同心、岡《おか》っ引《ぴ》き、目明かし、手先、慰労の宴の無礼講だから、むろん席に上下の差別はない。正面床の前に六曲二双の金びょうぶを晴れやかに立てめぐらして、その前に大輪、糸咲き、取りまぜてみごとな菊が大小十はち、左右にずらりと居流れた顔がまた江戸の治安を預かりつかさどる町方警吏だけに、いかめしくもものものしいのです。
 まもなく酒が運ばれました。
 灯影《ほかげ》に女たちのなまめかしい裳裾《もすそ》がもつれ合って、手から手へ、一つは二つと杯が飛びかい、座もまたようやく陽気の花をひらきはじめました。
 しかし、どうしたことか、とうにもう来なければならないはずなのに、伝六がなかなか姿を見せないのです。
「おかしいのう。これよ、女」
「なんでござんす」
「川増というのは、このあたりでこのうち一軒であろうな」
「いいえ、あの……」
「まだあるか?」
「ござります」
「なに! ある!――やはり料亭か」
「いいえ、絵双紙屋でござんす」
「アハハハハ。ほかならぬあいつのことじゃ。うちをまちがえてはいって、いいこころもちになって絵双紙でも見ておるやもしれぬ、ご苦労だが、ちょっと見にいってくれぬか」
「かしこまりました。お名まえは?」
「伝六というのだが、顔を見れば
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