んだ。ねんごろに預かって守ってやれよ……」
言い捨てて、さっさと歩きだしたかと見る間に、たちまちその場から名人十八番の右門流が始まりました。蔵前を左へ天王町から瓦町《かわらまち》へ出て、そこの町かどのお料理仕出し魚辰《うおたつ》、とあかり看板の出ていた一軒へずかずかはいっていくと、やにわにいったものです。
「何かうまそうなもので折り詰めができるか」
「できますが、何人まえさんで?」
「五人まえじゃ」
「五人まえ……!」
不意を打たれて、伝六、ぽかんとなりました。だいいち、仕出し屋へ来て折り詰め弁当をあつらえたことからしてがふにおちないのです。そのうえ五人まえとは、だれが食べるつもりなのか考えようがない。今のさき取りかたづけさせたあの五人の亡者《もうじゃ》にでも食べさせるつもりであるなら、さかな屋で生臭入りの弁当もおかしいのです。
「冗、冗、冗談じゃねえや。あっしゃもう……あっしゃもう……」
鳴りたくも鳴れないほどどぎもをぬかれて、さすがの伝六も目を丸めたきりでした。
しかし、名人はとんちゃくがない。
「ああ、できたか。ご苦労ご苦労。ほら代をやるぞ」
小粒銀をころころと投げ出して、両手にぶらさげると、やっていったところがまた不思議です。柳橋から両国橋を渡って、大川沿いに土手を左へ曲がりながら、そこの回向院《えこういん》裏の横堀《よこぼり》の奥へどんどんと急ぎました。
突き当たりに小さな小屋がある。
軒は傾き、壁はくずれて、さながらに隠亡《おんぼう》小屋のような気味のわるい小屋でした。もちろん、ただの小屋ではない。じつに、この横堀こそは、秋の隅田《すみだ》に名物のあの土左衛門舟が艫《とも》をとめる舫《もや》い堀なのです。川から拾いあげた死体はみんなここまで運び、引き取り人のある者はこの小屋で引き渡し、身寄りも縁者もない無縁仏は、裏の回向院へ葬るのがならわしでした。
だからこそ、中は火の気一つ、あかり一つないうえに、気のせいばかりでなく死人のにおいがプーンと鼻を打ちました。
その暗い小屋の中へどんどんはいっていくと、名人はすましていったものです。
「なにはともかく、腹をこしらえるのがだいいちだ。遠慮せずと、おまえもおあがりよ」
「冗、冗、冗談じゃねえですよ。気味のわるい。弁当どころか、あっしゃ気味がわるくて、も、も、ものもいえねえんですよ」
「そうかい。
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