」
「ほら、あのまんなかを見られよ。ぶくぶくと、ときおりあわが吹いておるところがござろう。あのあたりひとところを離れずに、ゆらりゆらりと漂っていたのじゃ。それゆえ、不審はまずあの一カ所と、このとおり、水練に達者な者どもをさっそくかしこへくぐらせてみたが、奇態でござるわい。どうしたことやら、名うての泳ぎ達者どもでさえが、魔に吸いこまれるようなここちいたして、寄りつかれぬと申すのじゃ」
「なに、魔に吸いこまれるようなここちいたしますとのう。ほほう。あそこでござりまするな」
じっと目を光らせて見ながめていたかと見るまに、
「アハハハ……もっともなお話でござります」
からからとうち笑うと、来るそうそうからすでにもう、すばらしい右門流でした。地の底、水の底の秘密も、いながらにしてたなごころをさすごとく、こともなげになぞを解いて、ずばりといったものです。
「かしこへは寄りつかれぬも道理、おそらく隠し井戸の一つがござりまして、どうしたことか、たぶん吹き井戸の水道が切れましたために、かえって地の底へ濠水を吸い込んでおるに相違ござりませぬよ。あのあわを吹いておるのがなによりの証拠、底知れぬ穴へ水がしみ入っているゆえ、ぶくぶくとあわだつのでござります。アハハハ……幽霊の正体見たり枯れ尾花とはまさにこのこと、これなる扇子と懐紙入れがあの一カ所から離れなかったのも、かしこの水がうずというほどのうずでないうずを巻いているため、水もろとも穴の底に引きつけられて、ぐるぐるあのまわりを漂っていたに相違ござりませぬ」
「いかさまのう。なぞが解ければ恐るるところはない。どこかほかのところに骸《むくろ》が沈んでいるはずじゃ。手を分けて残らず捜してみい」
蔵人の下知とともに、水練自慢の足軽たちが、にわかに活気づいていっせいに飛び込もうとしたのを、
「いや、お待ちなされませい!」
何思ったか名人が呼びとめると、上と下との濠の境の水門のあいているのをいぶかしげに見ながめていたが、ぶきみなくらいな右門流がだんだんと飛び出しました。
「あの水門は?」
「何がご不審じゃ?」
「いつもは締まっておるはず、どうしてあいておるのでござります?」
「なるほど、あれでござるか。長つゆで上の濠水が増したゆえ、土手を浸さぬようにとあけさせておいたのじゃ」
聞くや同時です。莞爾《かんじ》としてうち笑《え》むと、名人が意外なことを断ずるごとく言い放ちました。
「ならば、下のこの濠を捜すより、上の濠をお捜しなさるが早道、あちらの水底をさぐってごらんなさりませい」
「なに、それはまたどうしたわけじゃ。上の濠《ほり》をさらえとはなにゆえじゃ」
「下の濠にこのふた品が浮いていたゆえ、入水《じゅすい》の者はこの水底に沈んでおると見るはおしろうと考え、あのとおり水門から今もなおこちらへ濠水が流れ込んでおりますからには、このふた品もまた上から流れてきたものかもしれませぬ。右にすきあると思わば左をねらえとは剣の極意、道こそ違え吟味|詮議《せんぎ》もまたそれが奥義でござります。右門のにらんだことに狂いござりませぬ。ものはためし、あちらを捜させてごらんなさりませい」
むっつり流十八番のからめ手詮議です。濠を替えてくぐらせてみると、果然ひとりが浮きあがりざま、けたたましく叫びました。
「ありました! ありました! たしかに死骸《しがい》がござりまするぞ!」
「なにッ、あったか! やはり女か!」
「しかとはわかりませぬが、どろへ深くはまっておりまして持ちあげられませぬ。みな手を貸せい!」
場所は水門から上へ二間ばかり、お城寄りの土手に近く、ぬっと大きな松が水の上に枝をのばしているちょうどその真下あたりです。
六人協力してくぐりながら、引き揚げた死体を見ると、意外! 男だった。女と思いきや、りっぱな男でした。
それも両刀たばさんだままの若侍なのです。
蔵人《くらんど》はいうまでもないこと、三宅平七はじめお濠方の番士たちは、いずれも目をみはりました。
大小差したままで沈んでいたというのも不審です。
女と思いのほかに若侍だったのも不審です。
しかるにもかかわらず、女の持ちものがふた品浮き流れていたというのは、さらに不審です。
若侍とそのふた品にどんなつながりがあるか? ――普通に考えれば、恋を入れられなかったために、思いをよせている女の持ちものを懐中して、入水《じゅすい》したとも考えて考えられないことはないのでした。
しかし、町人ならいざ知らず、かりにも大小差す者が、たとい恋に破れての乱心ざたにしても、水にはまって命を断つなぞと笑止きわまる死に方をするはずがない。よしんば、腹切るすべも、自刃するすべも知らないための入水にしたところで、大小差したまま投身するというのは、いかにも筋が通らないのです
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