はいればたぶん伊豆守様がにやりとお笑いあそばしまして、右門やりおるなと、お黙許くださるに相違ござりませぬ。可賀どの、ではなにぶんともによろしゅうな」
「万事は可賀が胸のうち、お羽織のひもでござりやす」
駆けだしていったのを見送って、さっと立ち上がると、じつに奇怪でした。
「三宅氏、お手数でござった。伝六! 用はすんだ。八丁堀へ帰ってひと寝入りしようぜ」
「ね……!」
可賀のすさまじいおしゃべりに、さすがの伝六も音が止まったと見えるのです。「ね!」とただいったきりで、ぼうぜんとしながらあとを追いました。
3
不思議なのは右門です。まさかと思ったのに、八丁堀へほんとうに引き揚げていくと、そのままふた品のことも、下手人|詮議《せんぎ》のことも忘れ果てたかのように、寝るでもなく起きるでもなく、ただごろごろとその日一日を黙り暮らしました。
伝六がまた穏やかでない。あのうるさい男が、可賀のおしゃべりにすっかり当てられたとみえて、ぼんやりとしたまま、おしゃべりらしいおしゃべりは、ひとこともいわないのです。
「ね……! ね……!」
と、ただときおり首をひねっては、思い出したように焦心するばかり。
一夜がすぎて、同じようにつゆ上がりの霧の深い朝があけました。――その朝まだき。
「行ってこい!」
右門の唐突な命令が、不意に伝六へ下りました。
「早く行くんだよ」
「どこへ行くんですかい」
「おまえの兄弟分のところへ、大急ぎに行くんだ。きのうのあのお番屋へ行って、だれかに取り次いでもらえば会えるから、至急に駕籠《かご》で可賀をここへ連れてくるんだよ」
「…………」
「変にしょげているな。おまえらふたりがしゃべりだしたら、年の暮れでなくちゃ帰ってこねえかもしれねえ。いい気になってしゃべりはじめちゃいけねえぜ」
「あれにゃとてもかなわねえんです。だから、しょげもするじゃねえですか。なんとなく、おら、おもしろくねえや……」
とぼとぼと出かけていったその伝六が、駕籠をつらねて可賀ともどももどり帰ったのは、半刻《はんとき》とたたないまもなくでした。
「いや、これはこれは。またまたお名ざしのお呼びたてで、可賀、恐縮でござりやす。きのうお申し伝えのことをな――」
「ご披露《ひろう》くださりましたか」
「それはもうてまえのこと、そこに抜かりのあるはずはござりませぬ、さっそくに
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