うとしたんでござんす。申し立てにうそはござんせぬ。こうなりゃおくにのかたき、切ったやつはまさしく宗左衛門に相違ござんせんから、お慈悲だ、やつらの首もいっしょに獄門台へ並べておくんなさいまし……」
なぞは解けたのです。
しかし、相手は小身ながらともかくご直参の息のかかった旗本屋敷の一族なのでした。手続き、身分、支配の相違から、屋敷においてこれを押え取ることはたやすくいかないのです。
どうして捕《と》るか?
巧みに屋敷の外へおびき出すか?
それとも、伊豆守様の力を借りるか!
「ひとっ走り、行きましょうかい。人足ならば伝六ってえいう生きのいいのがおりますぜ」
「…………」
「はええがいいんだ。行けっておっしゃりゃ、ひと飛びにいってめえりますよ」
いうのを聞き流しながら考えつめていたかとみるまに、ずばりと声が飛びました。
「知恵箱、小出しにしてやらあ! 七造!」
「へえへえ、なんでもいたしますよ」
「しかとやるか!」
「やりますとも!」
「宗左衛門は、今、どこにいるか」
「ゆうべから人殺し騒ぎがつづいているんだからね、今だってもきっとお屋敷にやって来て、兄妹《きょうだい》ふたり、わるだくらみをしているに相違ねえですよ」
「よしッ。来い! ひと狂言、あざやかなところを書いてやらあ。伝六、小梅まで早舟の用意だッ。早く仕立てろッ」
「ちくしょうめ。さあおいでだぞ。金に糸目はつけねえんだ。船頭、急げ、急げ」
水かさを増した大川をひと下り。舟は名人、伝六、七造の三人を乗せて矢のような早さです。
水戸家のお下屋敷かどから堀川を左に曲がって、瓦町《かわらまち》から陸《おか》へ上がると小梅横町、お賄い方組屋敷までへは二町足らずの近さでした。
「あの二つめのお長屋がそうですよ」
「よしッ。では、七造、玄関先へいって呼びたてろ。口止め金を百両くださらば一生口をつぐみます。くださらなければ、今すぐお番所へ駆け込み訴訟をいたしますぞと、大声で呼んで逃げ帰ってこい! 追っかけてこの屋敷をひと足外へ出りゃ草香流だ」
「心得ました」
飛び込んでいくと、あたりはばからず七造がわめきたてました。
「魚心がありゃ水心だ。百両出すか、出さねえか。出さなきゃ三尺たけえ木の空へ、うぬらの首もいっしょに抱きあげてやるぞッ」
「なにッ。バカな! 七か! 何をたわごと申すんじゃ。まてッ、まてッ」
策は当たったのです。
声とともに、たびはだしのままで、しわのきざんだ顔に怒りとろうばいの色を散らしながら、あと追いかけて飛び出してきたのは、だれでもない宗左衛門でした。つづいて母親、同様にろうばいしているとみえて、たびはだしのままお長屋門の外へ追いかけてきたその目の前へ、莞爾《かんじ》と笑《え》みながら名人が現われると、声もかけずに立ちふさがりました。
「うぬは!」
「右門でござる」
「計ったか! 老いても市崎宗左衛門じゃ。手出しができるなら出してみろッ」
老骨、必死となって抜きかかろうとしたのを、草香流があるのです。手間のかかるはずがない。
「お相手が違いましょう。あばれると痛うござりまするよ。おとなしく! おとなしく!」
あっさりねじあげて伝六に渡しておくと、懐剣ぬいて、横からおそいかかろうとした老女の小手へぴしり――。
「友次郎どのの魂魄《こんぱく》が迷いますわ。しろうとが刃物いじりなぞするものではありませぬ。あなたもおとなしく! おとなしく!」
軽くねじあげてふたりをなわにしたところへ、歯ぎしりかみながら悄然《しょうぜん》と現われた顔がうしろに見えました。あば敬とその一党です。
「おう。おいででござりまするな」
見ながめると、ほろりとさせるように心よい右門流でした。
「あとをつけてお越しのようだが、ちっとそれが気には入りませぬが、相見互い見、てがらを争おうといっしょに出かけたあんたが、手ぶらでも帰られますまい。お分かちいたしましょう。宗左どのたちふたりをなわつきのままさしあげます。身分のある者たちでござりますゆえ、これを引いていったら一段とまたおてがらにもなりましょうからな。てまえはこっちでたくさん――」
その手になわじりを渡しておくと、静かにふりかえりながら、やさしくいった。
「七造、おとなしゅう行けよ。ふびんとは思うが、小娘ひとりあやめたとあっては、おさばきを待たねばならぬ。右門には目がある。お慈悲のありますよう、取り計らってやるぞ。わかったら行け」
「行きますとも! だんなさまになわじり取っていただけますなら、どこへでも参ります……」
絹のような雨の中を、うちそろって引っ立てていったあとから、伝六が口ごもっていいました。
「だんなへ……」
「なんだよ」
「いい気性だな。あっしゃ、あっしゃ……泣けてならねえ、泣けてならねえ……」
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