一つずつ出てきたのがなにより証拠。その酒だるから毒酒の出たのも動かぬ証拠。それでもなおがてんがいかずば、そこのふたりの刀をよく調べてみろよ。あっちとこっちのふたりを、それぞれ一刀切りにしたときの血くもりが、どれかの刀身に見えるはずだよ」
「はてね、――よッ。ありますよ、ありますよ。この右のやつの刀に、まさしく血のりの曇りがありますよ」
「ありゃあもう文句はあるめえ。すなわち、身から出たさび、欲がさせたしわざの果てさ。残るところは、どこのお寺の坊主がこの四人を欲で買ったたか、五十両包みの出どころ詮議だけだよ」
「ね……! まるで神さまみてえだね。頼んだその坊主はだれですかい」
「すなわち一真寺! きのうのあの紫数珠の蓮信坊だよ」
「つがもねえ。どこにそんな証拠があるんですかよ」
「五十両の包み紙から、ぷーんと強く線香のにおいが散っているじゃねえかよ。しかも、まっさきにばらされたあっちの死骸が、いま一真寺から出てきたところでござりますといわぬばかりに、裏門から一本道をこっちへ向いて道なりに倒れているじゃねえか。きのう、なんのかのとおいらに末寺の兄弟|弟子《でし》のあの美男上人の讒訴《ざんそ》をしたのも、今になって思い直してみりゃ気に食わねえんだ。かばうかばうといいながら、その口で弟弟子の根も葉もない悪口を訴えがましくいうやつがあるかよ。ホシはあれだ。来な!」
「ちげえねえ! べらぼうめ、どうするか覚えてろ」
 さっと駆けだした伝六を露払いに、あとからゆうぜんとして訪れたところはその一真寺です。
 見ると、ことの雲行きを探ろうためにか、それともそしらぬ顔を造ろうとのためにか、そこの本堂横の広庭をぶらぶらさまよっていたのは、だれでもないあの蓮信でした。
「ご坊ッ」
 つかつかと近よりざまに、莞爾《かんじ》としながらうち笑うと、ずばり浴びせかけたものです。
「むっつり右門の生地を見せてやらあ。ちっと伝法でいくぜ。ネタは悉皆《しっかい》あがったんだ。すっぱりどろを吐きなよ!」
「な、な、なんでござります! 不意に何を仰せでござります」
「しらをきるねえ! そんな見えすいた仏顔は古手だよ。ちゃんとその目にもけえてあるじゃねえか。五十両であの四人を買いましたと、あっさり白状すりゃいいんだ」
「…………」
 ぎょっとなりながら、争われぬ狼狽《ろうばい》の色を見せて、さしうつむいたその顔へ、ずばりとさらにすばらしい名|啖呵《たんか》が落ちかかりました。
「目があるんだ、目がな。おいらの目も安物じゃねえが、み仏のおん目は、三世十方お見通しだぜ。手数をかけりゃ、啖呵にもきっすいの江戸油をかけなきゃならねえんだ。早く恐れ入りなよ」
「…………」
「吐かねえな。かがしてやらあ。この五十両の線香のにおいは、どこのにおいかよ」
「…………」
「ちぇッ、まだ吐かねえのか。じりじりして疳《かん》がたかぶってくらあ。じゃ、ぴしぴしとこちらからいってやろうがね。事の起こりゃ、おそらくみんなご坊のあさましいねたみ心にちげえあるめえ。なによりの証拠は、末寺の興照寺と本寺のこの一真寺との景気の違いだ。定額のお許しもねえ興照寺はあのとおりのご繁盛、それにひきかえ、ご本寺はあそこの鐘楼の石がきでもわかるとおり、ちっとご身代が左前のご様子だからな。それゆえに、あの分かれ地蔵を何かよからぬ了見からさらしものにしたとにらんだが、ちがうのかい」
「…………」
「じれってえな。おいらが責めたてると思や腹もたつかしらねえが、啖呵は借りもの、責め手もみ仏のご名代、弘法さまに成り代わって責めているんだ。袈裟《けさ》のご光、法衣《ころも》のてまえに対しても申しわけがあるめえ。いいや、仏心をお持ちなら、もっとすなおにざんげができるはずだよ。理にはずれたことアいわねえつもりだ。どうでえ、まだじらすのかい」
「なるほど、いや、恐れ入りました。このうえ隠しだていたしましたら、罪のうえにも罪を重ねる道理、仏罰のほどもそら恐ろしゅうござりますゆえ、白状いたしまするでござります……」
 人を見て法を説いた最後の一語が、ついに鋭く蓮信の心をえぐったとみえて、さっと面を青ざめながらうなだれていた顔をさらにうなだれると、細々とした声でようやくすべてを物語りました。
「何もかもまったくおにらみどおり、あの四人を五十両で抱き込み、いうももったいないあんな所業をさせたのは、みんなこの蓮信《れんしん》でござります。それもこれも、もとはといえば、今おっしゃったおことばどおり、末寺の栄えをそねんでのこと、もとよりもうお調べがおつきでござりましょうが、あちらは新寺《にいでら》でありながら、住職のあの弟弟子に人徳がござりますのか、日に日に寺運が栄えてまいりましたのにひきかえ、当寺は愚僧の代となりましてから、このとおりのさびれかた、――それというのも、あの六地蔵|菩薩《ぼさつ》のお施主たちがたいへんもなくあちらにお力添えくださるからのことでござります。もともと新寺の開運地蔵としてお祭り申しあげるよう、特にあの六体を分けてやったものでござりますゆえ、そのお施主たちがわがことのように、あちらの寺へお力添えなさるはあたりまえでもござりまするし、別してねたむところなぞないはずでござりまするが、これこそほんとうに天魔に魅入られたというのに相違ござりませぬ。新寺の栄えるは、ひっきょう、あの分かれお地蔵六体の寄進者たちがあちらの檀家《だんか》となってついていったからじゃ、もったいないが、お地蔵さまをおけがし申したら、六人の施主たちも憤るにちがいない。いいえ、盗み出されたり、あんなところへさらしものにされるというのも、みんな住持の不始末からじゃ、不徳からじゃ、だいじに祭ってくれぬゆえ、人目に恥をさらすようなことにもなるのじゃとお怒りなさるは必定、さすればきっとあちらを見捨てて、もとどおりこの本寺の檀家《だんか》になってくださるだろうと、ついあさはかなことを考えたのが、こんな人騒がせのもとになったのでござります。仏弟子にもあるまじき不浄のねたみ心、まことになんとも面目しだいもござりませぬ……」
「なるほど、そうでしたかい。よく申しました。ちっと心が濁りすぎましたのう」
「は……お会わせする顔もござりませぬ。かくならば覚悟いたしましてござります。わたくしは、このなさけない蓮信《れんしん》は、どうしたら、どう身の始末つけたらよいでありましょう」
「罪を犯したとお思いか!」
「思う段ではござりませぬ。お地蔵さまをおけがし申した罪、そねんだ罪、あの四人をそそのかした罪。――みな罪ばかりでござります。どう……どう身の始末つけたらよろしゅうござりましょう」
「お行きなされい! 寺社奉行さまが、さばきのむちと情とを持って、お待ちかねでござろうわ!」
「なるほど、わかりました……ようわかりました……ならば、自訴しに参りまするでござります……」
 哀々とした声でした。悲しげに、寂しげにうなだれ沈んで、とぼとぼと表山門から蓮信が出ていこうとしたのを見ながめると、名人右門、やはりまた情けのむちを持ったあっぱれ男です。
「その乱れた姿で表山門はくぐりにくかろう。いいや、人目にかからば悲しかろう。裏門からお行きなされい。何もかもこの右門胸にたたんで、こっそりお見送り申しましょうわい」
「わかりました。参りまするでござります……」
 とぼとぼと力なく足を運んで、卒塔婆《そとば》、新墓《にいばか》立ち並ぶ裏墓地を通り抜けながら、罪の蓮信坊は寺社奉行所目ざしつつ、悲しげに裏門をくぐりました。
 見送りながら、右門主従も静かに出ていったその出会いがしら!
「おじさん! 八丁堀のおじさん! 珍念でござります!」
 くるくると愛らしげに目を丸めながら、ころころと向こうから飛んできたのは、あの豆お小僧珍念です。
「おう! 来ましたのう! 手にささげているはなんじゃ」
「お約束のおはぎでござります。あの、あの、今度おじさんにお目にかかりましたら、お地蔵さまともご相談しておもてなしいたしますと約束いたしましたゆえ、こちらにお越しとききまして、このとおり急いで川向こうから持って参じましてござります」
「ウフフ。賢いことでありますのう。なるほど、そんなお約束をいたしましたな。では、遠慮のういただきましょうよ」
「あい。どうぞたくさん……」
 くるくると愛らしく丸めながらふり仰いだ珍念の黒い小さいひとみには、うれしさ余ってか、清浄な、純真な涙の露が見えました。



底本:「右門捕物帖(三)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:福地博文
2000年6月5日公開
2005年9月23日修正
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