ら分かれてまいりましたとき、新寺のお守り仏としていっしょにいただいてまいりました分かれ地蔵でござります」
「といいますると、では、そのご本寺の一真寺とやらにも、これと同じようなお地蔵さまがおありなさるのでござりまするな」
「あい。あちらにも残りのお地蔵さまがやはり六体ござります。合わせて十二体ござりましたゆえ、十二地蔵とも、また女人《にょにん》地蔵とも申しまして、一真寺においでのころから評判のお地蔵さまでござりました」
「なに! 女人地蔵とのう! それはまたどうしたわけからでござります?」
「あちらの六体のお施主も、これをご寄進なさいましたかたがたも、みんなそろうて女のかたばかりでござりますゆえ、だれいうとなく一真寺の女人地蔵といいだしたのでござります。うそじゃと思うたら、おじさんも字が読めるはず、お地蔵さまたちのお背中をようごろうじませ。ちゃんとお奇特なかたがたのお名まえが刻んでござります」
「はあてね。べらぼうめ。おらだっても字ぐれえ読めるんだ。どれどれ、どこにあります? え! ちょいと! 手もなく読んでやるから、どこに彫ってありますかい」
出ないでもいいのに、しゃきり出たあいきょう者ともども、うしろへ回ってみると、なるほど女名まえがどれにも彫りつけてあるのです。
「本所外手町弁天小路たま」というのが一基。
「深川|安宅《あたか》町大口横町すず」というのが一つ。
「日本橋小網町|貝杓子店《かいじゃくしだな》すえ」というのが一体。
「浅草花川戸町戸沢長屋しげ」というのが一つ。
「深川|摩利支天《まりしてん》横町ひさ」というのが一基。
「日本橋|亀島《かめじま》町紅梅新道まつ」というのが一体。
しかも、六地蔵ともに寄進の年月はついおととしの、日もまたそろって同じ灌仏会《かんぶつえ》のある四月八日でした。
故意か、ただのいたずらか、なぞを解くかぎはここに一つあるにちがいない!
読み終わると同時に、きらりと鋭く名人の目のさえたのは当然。声もまた鋭くさえて、今なおちんまりとすわったままでいる珍念のところへ飛びました。
「そなた、もとよりこの女たちの素姓、お知りでありましょうの」
「いえ。あの……あの珍念はまだ年がいきませぬゆえ、女のことはなに一つ知りませぬ。でも、あの……」
「なんじゃ!」
「そのかたたちはどのような素姓やら少しも存じませぬが、うちのお寺にはたいせつなたいせつなお檀家《だんか》とやらで、お参詣《さんけい》のたびごとにお師さまもたいそうごていねいにおもてなしでござります」
「ほほうのう。そのお師さまはおいくつくらいじゃ。さだめし、もうよほどのお年でありましょうのう」
「いえ。ことしようやく二十三でござります」
「なに! ただの二十三でござりますとのう。そんなお年で一寺のお住職になられるとは、ちと若すぎるようじゃが、よほどおできのかたでござりまするか」
「あい。お本寺の一真寺のほうにおいでのころから評判のおかたでござりましたゆえ、なくなられました大|和尚《おしょう》さまもたいそうお力を入れて、わざわざ今の興照寺をお建立《こんりゅう》のうえ、ご住職におすえ申しましたとやらいうお話でござります」
「なるほどのう。お姿は?」
「は?……」
「そのお師さまのお様子じゃ。ご美男でござりまするか」
「ええもう、それはそれは、お気高くて、やさしゅうて、絵からぬけ出たように美しい若上人《わかしょうにん》さまでござります」
さらに光った。――そこにもなぞを解くかぎが一つあるにちがいない。否! 絵から抜け出たようなといったその美男のところに、なぞの山へ分け入る秘密の間道があるに相違ないのです。しかも、寄進についている六地蔵のその施主は、身分素姓年ごろこそわからぬ、いずれもなまめかしく艶《えん》な下町女らしい名まえばかりでした。
故意か?
いたずらか?
それとも、故意はこい[#「こい」に傍点]であっても、恋のこい[#「こい」に傍点]であるか?
「えへへ。やっぱり、足まめに出かけてくるもんだね。ちくしょうめ。さあ、穏やかでねえぞ。安珍清姫の昔からあるんだ。べっぴんの若いご上人《しょうにん》さまがあって、ぽうとなった女の子があって、会いたい、見たい、添いとげたい。ままになるならついでのことに、ときどき尊い引導も授けてもらいたい、――とね。陰にこもって日参をしてみたが、生き仏さまにはとうからもう女人地蔵がついているんだ、それもこの背中の名まえどおり六人もそろってね。だから、おこぼれさえもちょうだいできねえというんで、ええくやしい、腹がたつ、憎いはこの地蔵とばかり、たちまち女の一念|嫉刃《ねたば》に凝って、こんなよからぬわるさをしたにちげえねえですよ。ええ、そうですとも! べらぼうめ。思っただけでもくやしいね。たびたびいうせりふだが、江戸の女がおらに断わりもしねえで、かれこれと浮いたまねをするってえ法はねえんだ。ね! ちょっと! しゃべってまたうるせえですかい」
ここをせんどとやかましく始めたのを、名人は柳に風と聞き流しながら、子細に六地蔵の傷個所を見しらべました。――どの傷もどの傷も、ぐいとひと欠けに欠けて、使った得物はどうやら金づちらしく、しかもところきらわずめったやたらにぶちこわしているところを見ると、ただのいたずらだったら格別、もし故意にやったことならば、遺恨のもとがなんであるにしろ、下手人はまた何者であるにしろ、まさしくこれを人目にさらして、この六地蔵|菩薩《ぼさつ》と、その寄進者を恥ずかしめようという目的のもとに行なわれた暴行にちがいないのです。
「ウフフ。手がかりは何もない。落とし物もなに一つない。あるものはおつむにのっかっている古わらじばかりだとすると、頼みの綱はおいらの知恵蔵一つだ。――干そうぜ!」
「え……?」
「おまえにいってるんじゃねえ。まだちっと季節に早いが、早手回しに知恵蔵の虫干ししようかと、おいら、おいらに相談しているんだ。――珍念さん」
「はい。朝のお斎《とき》いただかずに駆けだしてまいりましたゆえ、少しおなかがひもじゅうなりました」
「おきのどくにのう。もうこれでご用済みになるゆえ、はよう帰ってたんといただきなさいよ。そなたのお寺はどこでござる?」
「興照寺ならば、あの……あの、あれでござります。あそこの火の見やぐらの向こうに見える高いお屋根がそうでござります」
指さした川下の左手に目をやると、なるほど、川にのぞんで水もやの中からくっきりと空高く浮き上がりながら、朝日にきらきらと照りはえているいらかの尾根が見えました。橋からの距離は約六、七町ばかり。
「一真寺は?」
「ご本堂は、ほら、あの、あれでござります。川をはさんでうちのお寺とにらめっこをしている右側の、あの高いお屋根がご本堂でござります」
いかさま、ちょうどその真向かいの、松平|越前《えちぜん》侯お下屋敷とおぼしきひと構えのこちらに、さながら何かの因縁ごとででもあるかのごとく、黙々として屋根の背中を光らせながらそびえ立っている堂宇が見えるのです。
「にらめっことはうまいことをいいましたね。ほんとうに、屋根と屋根とがけんかをしているようだ。分かれ地蔵がこのありさまならば、一真寺のお残り地蔵も気にかかる。十八番のからめ手詮議でぴしぴしとたたき上げていってみようよ。――ご出役のかたがた、ご苦労さまでした。ちっと回り道のようだが、これがあっしの流儀です。一真寺のほうから洗ってみましょうからね。この六地蔵さまともども、どうぞもうお引き揚げくださいまし。珍念さんもね、仲よしのお菩薩《ぼさつ》さまがこのとおりたいへんなおけがだ。こっちのお役人さまにてつだっていただいて、お寺へお連れ申してから、せいぜいお看病してあげなさいよ」
「あい、おじさん。今度またお目にかかりましたら、お地蔵さまともお相談をして、おはぎをどっさりおもてなしいたします。さようなら……」
愛くるしい声をあとにして、まず目ざしたところは、むしろ意外といっていいご本寺の一真寺なのでした。これこそは忘れてはならぬ右門流十八番中の十八番、一見|迂遠《うえん》に見えて迂遠でない、遠回りしていって、事の起こりの根から探り出す名人独自のからめ手詮議なのです。――急ぐほどに、しっとりと沈んだ朝の大気の中を漂って、目ざしたその一真寺の境内から、しだいに強く線香のにおいが近づきました。
2
「へへえ。いばってやがるね、この寺はこりゃまさしく大師さまですよ」
「偉いよ。おまえにしちゃ大できだ。いかにも真言宗のお寺だが、どうして眼《がん》がついたかい」
「バカにおしなさんな。だから、さっきもお断わりしておいたんですよ。あっしだっても字ぐれえ読めるんだからね。この上の門の額に、ちゃんとけえてあるんじゃねえですかよ。一真寺、浄円題とね。浄円|阿闍梨《あじゃり》といや、天海寺の天海僧正と、どっちこっちといわれたほどもこの江戸じゃ名の高かった真言宗のお坊さんなんだ。そのお坊さまのけえた額がこうして門にかかっているからにゃ、まさにまさしく真言派のお寺にちげえねえですよ」
「ウフフ。なかなか物知りだね。おまえにしちゃ珍しく博学だが、このお寺はどのくれえの格式だか、それがわかるかい」
「え……?」
「寺格はどのくれえだかといってきいてるんだよ」
「くやしいね」
「あきれたな。知らねえのかい。そういうのがバカの一つ覚えというやつさ。定額寺《じょうがくじ》といってね、お上からお許しがなくっちゃ、むやみと山門にこういう額は上げられねえんだ。相撲《すもう》の番付にしたら、りっぱな幕の内もまず前頭《まえがしら》五枚めあたりよ。これからもあることだからね、知恵はもっと細っかくたくわえておかなくちゃ笑われるぜ」
「ちぇッ。ほめたかと思うと、じきにそれだからな。だから、女の子も気を許してつきあわねえんです。しかし、それにしちゃこのお寺、ふところにぐあいがちっと悪いようじゃござんせんかい」
なるほど、見ると、寺格の高い割合には、境内の様子、堂宇の取り敷き、どことはなしに貧しく寂れたところが見えるのです。
「くずれていやがらあ。ね、ほら、鐘楼の石がきにいくつもいくつもあんなでけえ穴があいておりますよ。おまけに、ぺんぺん草がはえやがって、どこか気に入らねえお寺だね。……よッ。青坊主があっちで変なさしずをしておりますぜ!」
声にふり返って見ながめると、本堂の横の庭先で、いかさま年若いひとりの僧が、鳶《とび》人足らしい三、四人のいなせな男どもにさしずしながら、しきりと矢来杭《やらいぐい》を結わせているのが目にはいりました。しかも、その結いがきの中には、まぎれもなく六体の地蔵尊が見えるのです。
「ご僧」
静かにうしろへ近づくと、名人は物柔らかく、だが、その目の底になにものも見のがさぬさえた光をたたえて、静かにきき尋ねました。
「不思議なことをしておりますな」
「は……?」
不意を打たれて、いぶかるようにふり向いた若僧の姿をぎろりと見ると、年はまだ三十そこそこでありながら、その手にしている水晶の数珠《じゅず》には紫の絹ひもが通っているのです。――右門流がずばりと飛びました。
「真言宗の紫数珠は、たしか一寺一院をお持ちのしるしでござりますはず、ご住職でありましょうな」
「恐れ入りました。いかにも愚僧、当寺の住職|蓮信《れんしん》と申す者でござります。あなたさまは?」
「八丁堀の右門にござる」
「おう! そうでござりましたか。ようこそ! では、永代橋のあの一件、お詮議にお越しでござりまするな」
「さよう、この六体はまさしくあちらの分かれ地蔵とはご因縁の女人地蔵とにらみましたが、急にこのような杭垣《くいがき》設けられるとは、どうした子細でござります?」
「あのようなもったいないお姿にされては、ご寄進のかたがたにも申しわけがござりませぬゆえ、盗み出されぬようにと、こうしてきびしく囲うているのでござります。あはは。いや、まったく、用心に越したことはござりませぬ。興照寺のようなおうちゃく寺では、地蔵尊どころか、いまにご本尊
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