だったら、橋の上にあろうと、うなぎ屋の二階にあろうと、めでたしめでたしでけっこう話ア済んでいるんだからね。まさかにお出かけなさるんじゃありますまいね」
「…………」
「え! ちょっと!――やりきれねえな、行くんですかい」
「…………」
「ね! ちょっと! 品が違うんですよ、品がね。寺社奉行所にだって人足アいくらでもあるんだからね。越後《えちご》から米つきに頼まれたんじゃあるめえし、こんなちゃちな詮議にのこのことお出ましになりゃ、貫禄《かんろく》がなくなりますよ、貫禄がね。――え! だんな! ね、ちょっと!――かなわねえな。やけに急いでおしたくをしていらっしゃいますが、まさかにお出かけになるんじゃありますまいね」
 しかし、名人右門の考え方は、おのずからまた別でした。なるほど、伝六のいうとおり、お差し紙の文面に現われたあな(事件)そのものはまことにたわいのなさそうなことではあるが、係り違いの寺社奉行所から特に出馬を懇請してきたところに味があるのです。
「はええところ、しりっぱしょりでもやりなよ」
「へ……?」
「行くんだよ」
「あきれたね。お江戸名代はいろいろあれど、知恵伊豆様にむっつり
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