やっぱりね。おどしのその相手は、いったい何者でござんす」
「それが、じつは少し――」
「だいじょうぶ! おいらが乗り出したからにゃ、力も知恵も貸しましょうからね。隠さずにいってごらんなせえよ。どこのだれでござんす?」
「めぐりあわせというものは不思議なもの、もと同じ加賀様に仕えて、二天流を指南しておりました黒岩清九郎さまとおっしゃるかたでござります」
「やっぱり二本差しだったね。どうしてまたそやつの手にはいったんですかい」
「それも不思議なめぐりあわせ、じつは黒岩さまが今のようなご浪人になったのも、家中のご藩士をふたりほどゆえなくあやめたのがもとなのでござります。さいわい、その証拠があがりませなんだゆえ、ご処分にも会わず浪人いたしまして、今はここからあまり遠くもない下谷|御徒町《おかちまち》に、ささやかな町道場とやらを開いてとのことでござりまするが、そのご門人衆のひとりの姪御《めいご》さんとやらが買ったしごきの中に、わたくしあての恥ずかしい文があったとやらにて、不審のあまり清九郎さまに見せましたところ、同じ家中に仕えていたおかたでござりますもの、わたくしの名を知らぬはずはござりませぬ。このあて名のお蘭ならばまさしくあれじゃと、すぐにご見当がつきましたとみえ、ついおとついの日でござります、鬼の首でも取ったような意気込みで不意にお屋敷のほうへたずねてまいり、このとおり不義密通の種があがったぞ、ご法度《はっと》犯した証拠は歴然、殿のお手討ちになるのがいやなら、くどうはいわぬ、いま一度加賀家の指南番になれるよう推挙しろ、でなくばみどものいうがままにと――」
「けがらわしいねだりものをしたんですかい」
「あい。恥ずかしいことをいいたてて、どうじゃ、どうじゃと責めたてますゆえ、思案にあまり、きょうの晩までご返事お待ちくだされませと、その場をのがれて、ただ恐ろしい一心から、かく宿下がりをいたしましたが、幸助さまにご相談したとてもご心配をかけるばかり。ほかに力となるものとては、おじいさまおばあさまのおふたりがあるばかり、そのふたりもあいにくと善光寺参りに出かけまして、るすを預かっているのはたよりにならぬばあやがひとりきり、困り果ててこのように泣き乱れておりましたのでござります」
「そうでしたかい。黒岩だかどろ岩だか知らねえが、江戸っ子にゃ気に入らねえ古手のおどし文句を並べていやがら
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