に、歌も踊りもずっといきに砕けて、三味線《しゃみせん》太鼓に合わせながら、エイサッサ、コラサノサッサと婉《えん》になまめかしく舞い狂っているのです。
「おつだね。そろいのあの腰の江戸紫がおつですよ。ね、ちょいと。え! だんな!」
「ひとり足りねえようだな」
「なんです、なんです。何がひとり足りねえんですかい」
「しごきも二十五本、手ぬぐいも二十五本、両方同じ数をそろえて加賀家へ納めたと紅徳のおやじがいったじゃねえかよ。だのに、二十四人しきゃいねえから、ひとり足りねえといってるんだ。ちっとそれが気になるが、まあいいや。ひと目に手踊りの見物できるような場所を選んで、早く店を開きなよ」
「話せるね。むっつりだんなになっているときゃしゃくにさわるだんなだが、こういうことになるとにっこりだんなになるんだから、うれしいんですよ。おらがまた気のきくたちでね。おおかた筋書きゃこうくるだろうと、出がけに敷き物をちゃんと用意してきたんだ。へえ、お待ちどうさま。そちらがうずら、こちらが平土間、見物席ゃよりどりお好みしだいですよ」
どっかりすわると、不思議です。さっそくことばどおり手踊り見物でもやるかと思いのほかに、名人はそのままくるりと背を向けて寝そべると、伝六なぞにはさらにおかまいもなく、もぞりもぞりとあごの下をなではじめました。
「くやしいね。なんてまた色消しなまねするんでしょうね。ちっとほめると、じきにその手を出すんだからね。え! ちょいと! 起きなせえよ!」
「…………」
「ね! だんな!――むかむかするね。酒の味が変わるじゃござんせんかよ、ゆうべ夜中までかかって、せっかくあっしがこせえたごちそうなんだ。せめてひと口ぐれえ、義理にもつまんでおくんなせえよ」
だが、もう声はない。鳴れど起こせど、散るは桜、花のふぶきにちらりもぞりとあごをまさぐって、見向きもしないのです。
「ようござんす! 覚えてらっしゃいよ!、べらぼうッ。意地になってもひとりで飲んでみせらあ。――えへへ。これはいらっしゃい。あなたおひとりで。へえ、さようで。では、お酌をいたします。これは恐縮、すみませんね。おっと、散ります、散ります。ウウイ。いいこころもちだ。さあ来い、野郎、歌ってやるぞ。木《き》イ曽《そ》のネエ、ときやがった」
ヨヤサノ、ヨヤサノ、コラサッサ。
「伝六さアまはここざんす」
ならば行きましょ
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