いのは、宵越しに鼻をつままれたままでいる伝六です。
「じれってえね、いつまで寝ているんですかよ。明けたんだ、明けたんだ。もうとっくに今日さまはのぼったんですよ」
がんがんとやりながらはいってくると、鼻をつままれた寝ざめの悪さが腹にたまっているとみえて、頭ごなしにがなりたてました。
「しゃくにさわるね。ゆうべなんていったんですかよ。朝ははええんだから道草食うなといったじゃござんせんか。つがもねえひとり者がまくらと添い寝をやって、何がそういつまでも恋しいんですかい。お重も、かまぼこも、瓢《ふくべ》も、ちゃんともう用意ができているんだ。どこへ行くか知らねえが、今のうちに起きねえと犬に食わしちまいますぜ」
朝雷もけたたましく鳴りだしたのを、
「音がいいな」
軽く受け流してぬっと夜着の中から顔を出すと、おちつきはらいながら不意にいいました。
「その鳴りぐあいじゃ切れ味もよさそうだから、威勢ついでにちょっくら月代《さかやき》をあたっておくれよ」
「な、な、なんですかい! ええ! ちょいと! 人を茶にするにもほどがあらあ、だから、ひとり者をいつまでもひとりで寝かしておきたかねえんだ。無精ったらしいっちゃありゃしねえ。寝ていて月代《さかやき》をそれとは、何がなんですかよ」
「何がなんでもねえよ。じゃいじゃいあたりゃいいんだ、早くしなよ」
「いやですよ」
「じゃ、おいていくぜ。おいら、花見に行くんだからね。それでもいやかい」
「てへへへ……そうですかい! そうですかい! ちくしょうッ。いいだんなだね。なんてまあいいだんなだろうな。あたりますよ! あたりますよ! それならそうと、変に気を持たせねえで、はじめからおっしゃりゃいいんだ。あたりますとも! あたりますとも! あたるなといったってあたりますよ! べらぼうめッ。忙しくなりゃがったね。――どこだ。どこだ、金だらいはどけへいったんだよ! てへへ。うれしがって金だらいまでががんがん鳴ってらあ。――ね! ほら! あたりますよ。じゃい、じゃいとね」
「やかましいな。節をつけてそらなくともいいよ」
「よかアねえんだ。威勢ついでにあたれとおっしゃったからね、景気をつけているんですよ。ね、ほら、じゃいといって、じゃいといって、じゃい、じゃいとね。できました、できました。へえ、お待ちどうさま」
「ばかにはええな。まだらにあたったんじゃあるめえ
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