りおどし文句の本尊の根城にでも乗り込むんだろうと肝を冷やしていたんですよ。ここへ来たからにゃ、お蘭しごきもここで染めあげたにちげえねえとおにらみなすってのことでしょうね」
「決まってらあ、江戸紫が紅徳か、紅徳が江戸紫かといわれているほどの名をとった老舗《しにせ》なんだ。加賀百万石の御用染め屋で、お蘭が加州家奥勤めのお腰元だったら、しごきもここが染め元と眼《がん》をつけるなあたりまえじゃねえかよ。むっつりしてはおっても、やることはいつだってもこのとおり筋道が通っているんだ、気をつけな」
「ちげえねえ!――おやじ、おやじ、紅屋のおやじ! おまえもちっと気をつけな。むっつり右門のだんなが詮議《せんぎ》の筋あって、わざわざのお越しなんだ。気をつけてものをいわねえと首が飛ぶぞッ」
「は……? なんでござんす? やにわとおしかりでございますが、てまえが何をしたんでござんす?」
びっくりしたのは紅屋徳兵衛です。そこの店先にすわって、商売物のもう用済みになったらしい染め型紙をあんどんの灯《ほ》ざしにすかしてはながめ、ながめてはすかしつつ、一枚一枚と余念もなく見しらべていたところへ、ああいえばこういって口ばかりはけっして抜からぬ伝六、いっこうに筋道の通らぬどなり声が不意に飛んでいったので、不審げに目をみはりながらふり向いたその顔へ、名人の声が静かに襲いました。
「精が出るな、景気はどうかい」
「上がったり下がったりでござんす」
「世間の景気を聞いているんじゃねえんだ。おまえのところの景気だよ」
「下がったり上がったりでござんす」
「味にからまったことをいうおやじだな、お蘭しごきの売れ行きはどんなかい」
「売れたり売れなんだりでござんす」
「控えろ、何をちゃかしたことを申すかッ。神妙に申し立てぬと、生きのいい啖呵《たんか》が飛んでいくぞッ」
「それならばこちらでいうこと、かりにも加賀|大納言《だいなごん》さまお声がかりの御用商人でござんす。あいさつもなく飛び込んできて、何を横柄《おうへい》なことをおっしゃりますかい」
「とらの威をかるなッ」
姿もひねこびれたおやじですが、いうこともまたひねこびれたおやじです。前田家出入りに鼻を高めたその鼻の先へ、すさまじくほんとうに生きのいい啖呵《たんか》が飛びかかりました。
「この巻き羽織、目にはいらぬかッ。加賀のお城下ならいざ知らず、八百万石お
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