がきいたのです。ぎょっとしながら、町奴どもがたじたじとなってあとへ引いたのを、意気揚々として伝六がくくされているさるぐつわの面々のところへ近づくと、なかなかに味な締め方でした。
「情けに刃向こうやいばはねえといってな、武蔵《むさし》坊弁慶でせえも、ほろりとなりゃ形見に片そでを置いてくるんだ、伝六様はむだをいわねえ。な! ほら! このとおりさるぐつわをはずしてやらあ。知ってることはみんないいな」
「なんです? 何をいうんですかい」
「とぼけるねえ! 右門のだんなのせりふを請け売りするんじゃねえが、大手責めも十八番、からめ手責めも十八番、合わせて三十六番の責め手を持っていらっしゃるおいらだよ。すっぱりいやいいんだ。隠さずにすっぱり白状すりゃいいんだよ」
「わからねえおかただね。ぱんぱんと、ひとりでいいこころもちそうに啖呵《たんか》をおきりのようですが、いってえ何を白状するんですかい」
「決まってるんだッ。どこのどやつに頼まれて、こんなろくでもねえ飾り橙《だいだい》をぐるぐると駕籠《かご》なんぞに乗せて持ちまわったか、それを白状すりゃいいんだよ」
「こいつアおどろいた。変な言いがかりはつけっこなしにしてもらいましょうぜ。どこのどやつに頼まれたんだとおっしゃいましたが、気味のわるい橙運びをわっちとらに頼んだのは、ここのうちのねこ伝親分ですよ」
「なにッ。なんだと! やい! もういっぺんいってみろ! 何がなんだと!」
「いえとおっしゃりゃなんべんでもいいますがね。運べといって頼んだのは、まさにまさしくここの親分なんですよ。わっちとらも駕籠かき渡世の人足になって、こんなおかしなめに出会ったのははじめてなんだ。日本橋から須田町まで最初に運んでいったのは、このひとつなわにくくされているあっしたちふたりですがね。景気よく小判を一枚投げ出してむやみとただ運べといったんで、正月そうそういいかせぎだとばかり、欲得ずくでなんの気なしに須田町まで飛ばしていったら、あそこに受け駕籠が一丁待ち構えておって、橙を何こうに移したかと思うといっしょに、ぽかぽかとこちらの子分衆にたたきのめされたあげくの果てが、ここへしょっぴかれて、このざまなんですよ。七駕籠七組みの兄弟がみんなその伝なんだ。文句があるなら、ねこ伝親分を締めあげなせえよ」
「ウフフフ。アハハハ。ウフウフアハハハ……」
聞いて格子窓《こうしまど》の外からおかしくてたまらないといったように、いとも朗らかにうち笑ったのは名人右門です。
「わはは。ウフフ。伝あにい、あっさりとやられたな、どうせおめえのやるこった。ちっとおおできすぎると思っておったら、案の定これだよ。ウフフ。アハハハハ。くやしかろうが、さっきの三下奴にみんごとやられたね」
「ちぇッ。何がおかしいんですかい! 笑いごっちゃねえんだ。しゃくにさわるね。笑いごっちゃねえんですよ!――やい! 野郎ッ。野郎たち!」
事の案外な結果に、すっかり男を下げて、すっかり腹をたてたのは伝六でした。
「やい! 野郎どもッ、人足たち! まさかに今いったことはうそじゃあるめえな!」
「ばかばかしい。たたかれて、のめされて、さんざんなめに会ったものが、うそなんぞいってなんの足しになりますかよ! うそだったら、十四人みんながくくされちゃおりませんよ」
「ちくしょうめッ。くやしいね。あの三下奴め、ぬうとしたつらアしてやがって、一杯はめりゃがったんだ。べらぼうめ。さかさねこだか曲がりねこだかしらねえが、ねこ伝ふぜいになめられてたまるけえ。おんなじ身内だ、ここにいる子分どもを締め上げりゃ、頼み手がわかるにちげえねえから、ね! だんな! やっつけますぜ! だまされたと思やくやしいんだッ。荒療治でぎゅうとしめあげますぜ! やい! げじげじのかぶとむし! 前へ出ろッ」
腹だちまぎれに伝六がかみつこうとしたのを、
「ウフフ。よしな、よしな。荒療治は古手だよ。よしな、よしな――」
静かにうち笑って名人が押し止めると、いいようもよくおちつき払っていったことでした。
「袋があるんだ。知恵の実のざくざくはいった袋がな。荒療治荒責めはおいらの手じゃねえんだよ。七つの橙さえ手もとにありゃ、なんとかまた知恵袋の口が開かアね。ひとなでなでながら、ぴかぴかと眼《がん》をつけてやるから、気を直してついてきな」
「でも、くやしいね!」
「くやしかろうと思えばこそ、霊験あらたかなあごをなでてやるといってるんだ。もう用はねえ。十四人の人足たちゃなわじり切って、けえしてやんな。では、行くぜ。橙を落とすなよ。――身内のやつら、おやかましゅう」
すうと胸のすくような男まえです。悪あがきをせずに、なぞの橙を伝六にかかえさせながら、さっさと引き揚げていったところは、いわずと知れた八丁堀のお組屋敷でした。
しかも
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